インタビュー取材にご協力いただいた方
関 智宏(せき ともひろ)氏 同志社大学 商学部商学科・教授
1978年山口県宇部市生まれ。神戸商科大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(経営学)。阪南大学経営情報学部を経て、2015年より同志社大学商学部に着任。現在、同志社大学商学部教授・同志社大学中小企業マネジメント研究センター長。専門分野は中小企業論、中小企業経営論で、2020年10月~2021年9月にはオックスフォード大学日産現代日本研究所客員研究員に着任。主要な著書に、『よくわかる中小企業』(編著、ミネルヴァ書房)、『持続可能な経営と中小企業』(編著、同友館)、『現代中小企業の発展プロセス―下請制・サプライヤー関係・企業連携―』(ミネルヴァ書房)など。
多くの人は起業したいと考えながら、ハードルの高さからなかなか起業を実践できません。起業家を育成する目的で、同志社大学は寄附講座「メディア・スタートアップ」と「アントレプレナーシップ論」のほか、実際に起業を実践できる「アントレプレナーシップ実践」を開講しました。
「アントレプレナーシップ実践」の授業内容とはどのようなものか、講座を受けて起業した学生はいるのか、起業を成功させるために重要なことは何か。そこで今回、「アントレプレナーシップ実践」を担当されている同志社大学の関 智宏先生にお話を伺いました。
起業はマインドだけ育成しても実践しなければ意味がない
―― 同志社大学では、学生の起業を促す「アントレプレナーシップ実践」を開講したそうですが、この科目が開講された理由について教えてください
関先生:起業やアントレプレナーシップに関する講座は、第一線で活躍している同志社大学卒業生たちや我々教職員など志を同じくする同志と一緒につくったものです。とくに学生から見たら、実際に起業しているOB・OGの声を生で聴けるのは一番刺激的です。同志社大学卒業生は非常に愛校心が強く、つながりが強固なので、すごい資産だと思っています。ですから、我々教職員はあくまでもファシリテーターとして徹するべきですね。OB・OGと学生たちをどうつなぎ合わせ、起業の世界に飛び込ませるかが大事であり、現在、いろいろな試みを行っているところです。
―― 同志社大学では、学生の起業を促す「アントレプレナーシップ実践」を開講したそうですが、この科目が開講された理由について教えてください
関先生:同志社大学には現在、起業に関連した2つの科目「メディア・スタートアップ」と「アントレプレナーシップ論」がすでに開講されています。2つの科目はどちらも同志社大学出身の起業家による寄付講座です。起業家の方にお話しいただいて、起業マインドを醸成し、ビジネスモデルを考えるのが、この2科目です。確かに、起業マインドを養成するのは大事なことですが、起業するというのは、学生にとっては結構ハードルが高いことです。そこで、起業の実践を教えるために、2つの寄付講座の上位クラスの科目「アントレプレナーシップ実践」を開講することにしました。
起業家マインドを育成する環境があれば自然と起業できる
―― 同志社大学で、すでに起業している学生はいますか?
関先生:授業で起業について教わらなくても、起業する学生は大学とは無関係に起業しますね。起業理由もさまざまです。アルバイトをするよりも自分で起業する方が儲かると考えたり、もっと自由に時間を使って働きたいと思ったり、使命感をもって起業したり。また親が起業家の学生は必然的に起業家になると言われています。起業すると学業との両立が難しくなり、起業に専念するために休学する学生も出てきています。
―― 大学を卒業してから起業する方が望ましいということでしょうか?
関先生:就活して内定をもらいながらも、実際は起業したいという気持ちがあり、くすぶっている学生たちがいます。「アントレプレナーシップ実践」の受講生のなかで、実質的に出席をした学生は10名ほどいましたが、「就活で決まった内定があるけれど、やっぱり起業したい。どうしよう……」と悩んでいる学生も多かったです。しかし、彼らは「起業するとリスクがあるので、まずは就職してから考えます」と言います。一度サラリーマンとして社会に出てしまうと、よほど特別な職種や業種に就くか、あるいは起業家マインドを育むような環境にいないと、会社を辞めて独立開業するのは難しいのかもしれません。
―― 起業家マインドを育むような環境について、具体的な例を教えてください
関先生:例えばリクルートやキーエンスといった企業で勤務した後、売上の実績をもって自分で開業した同志社大学卒業生が何人かいます。リクルートは事業を子会社化して社内ベンチャーを作ってきました。新規事業開発を経験し、事業を発展させる経験もしていくので、まさに起業体験ができるわけです。一方キーエンスで働くと、高度な営業スキルが身につき、営業実績を育んでいくので、独立してもそのまま顧客をもっていくことができます。
身近なところが起業の出発点に
―― この時代に学生が「アントレプレナーシップ実践」を学ぶ意義はどんなところにあるのでしょうか?
関先生:現在は、VUCAとも言われるように、かなり不確実な時代だと思います。企業も売上を計画通りに達成することは難しいです。就職したからといって安定的な生活を送れる保証はありません。だからこそ、自らを奮い立たせ、起業行為を実践する必要があると思います。実践しないと結果が出てこないので、実践しながら修正していく意思決定が求められるのではないでしょうか。そこでは1つ1つ着実に何かをこなしていくことが非常に大事です。本学のアントレプレナーシップ実践では、まさに実践していくための技術を教えています。もちろん、私だけではできないので、関西の他の大学で実践的な起業教育をすでにされている方にレクチャーしていただいています。
実際の起業家や学生起業家たちにも登壇してもらい、起業するまでに至ること、起業して間もない頃の話もしていただきました。学生は、こうした講義によって、起業は身近なものであり、今すぐトライできるし、実践しなければいけないものだと学ぶことができました。そもそもアントレプレナーシップは、日本語で起業家精神と呼ばれることが多いのですが、とくに欧州の研究では、精神論よりも行為論と言われています。残念ながら、日本はまだそれがうまく伝わらず、アントレプレナーシップといえば精神論であり、気持ちだけ育むような啓発的なことを指すことが多いです。
―― 実際に起業したいという気持ちがあっても、いざ行動に移すとなると、ハードルが高いと思います。1歩踏み出すには何が必要でしょうか?
関先生:例えばメルカリなどで月20万円ぐらいの商品を販売したり、学祭の模擬店で人件費を考えかつ利益が取れる仕組みを考えたり。いいビジネスモデルができたら、店舗展開していけばいいわけですから、身近な方法で始めることが可能です。多くの企業も最初は個人事業主から始めています。そこから着実に売上を伸ばし、法人化しています。起業は、その積み重ねだと思いますね。
「アントレプレナーシップ実践」の授業が起業のきっかけに
―― 「アントレプレナーシップ実践」では、どのようなことを学ぶのでしょうか?
関先生:売上月20万円を目標に、たとえばメルカリやイベントの出店などで売れる仕組み作りを考えます。「何を売っていくのか」「どうすれば希望の売上額に達するか」などを考え、実際にプランニングしていきます。さらに「ターゲットをどうするのか」にまで発展させていきます。しかし、このような授業は学生の起業だけではなく、就職して、新規事業の立ち上げに従事することになった場合も有益です。授業では、我々教員が伴走することを前提にしているため、受講生の受け入れはある一定の規模が限界かもしれません。
実際のところ、寄付講座のうち「メディア・スタートアップ」と「アントレプレナーシップ実践」は商学部に設置されている講座ですが、商学部に限らず全学部の学生に解放しています。履修していた学生10人のうち、私が所属している商学部の学生が6人、残りは経済学部・文化情報学部・グローバルコミュニケーション学部・国際教育インスティテュートの学生です。この授業は今出川キャンパスで開講されましたが、バスで1時間ぐらいかかる京田辺キャンパスから通う学生もいました。そのように遠くから通ってきている学生は、ほぼ起業に近いことをやっているため、本気度が高いですね。
―― 「アントレプレナーシップ実践」を受講した学生の反応はどうだったのでしょうか?
関先生:起業には関心があるものの、では起業するには具体的にどうすればいいのか、学生は分からないようです。そこで、今回は顧客を見つけたり、想像したりすることに重点を置きました。売上を伸ばすため、まずは顧客を把握し、顧客にとって必要な商材やサービスを提供します。メルカリなど身近なもので実践をすることによって、起業して顧客を作るイメージが湧きます。
―― 授業を受けて実際に起業した学生はいましたか?
関先生:この授業を契機に履修者の2人がタッグを組み、外国人観光客相手のビジネスを始めました。その1人は留学生でした。外国人観光客は京都に旅行に来ても迷ってしまうことが多いと言います。そこで、外国人観光客が困らずに歩けるようなガイドやアドバイスを提供するサービスを立ち上げました。
起業するために大事なのは、社会に貢献する目的をもつこと
―― 起業するために必要なポイントについて教えてください
関先生:起業しても行為をし続け、動きを止めないことが必要になります。ただし、1人で経営することは困難です。仲間は必要な存在であり、事業アイデア、資金、チーム作りにおいても人脈は重要です。人間関係が豊かなコミュニティの中に身を置かないと起業するのは難しいでしょう。起業家の方々に聞いても、「なぜ起業しなければいけないのか」という思い、やる気、姿勢を理解してもらえば、資金集めはそれほど難しくはありません。
―― 資金調達についてはどのように教えているのでしょうか?
関先生:資金調達についてはクラウドファンディングを利用し、応援者を募る方法もあります。実際にクラウドファンディングで、簡単に数百万~1千万円を集めている人たちがいます。彼らは高らかなビジョンを訴えているから応援されます。一方、起業する目的が「お金持ちになりたいから」と、独りよがりで自分の利益しか考えない人たちにはお金は集まりません。
―― 会社経営で失敗しないためには、何が大事だと思いますか?
関先生:誠実であること、そして、事業がよりよい社会の創造につながるのかどうか、そこが問われると思います。例えばメルカリで月20万円儲けたいだけなら、それでもいいですが、事業規模を大きくするためには、「なぜその仕事をしないといけないのか」「仕事をすることによってどのような社会の創造につながるのか」などを考えなくてはなりません。起業行為が単なる物売りではなく、よりよい社会の創造につながるものとして捉えていかないといけません。
スタートアップやベンチャーは、事業を売却すれば創業者が儲かる仕組みを利用し、何億円も資金調達し、すぐに上場します。「いくら資金調達をしたか」が重要であり、上場そのものが目的です。こうした傾向はあまり良くないと考えています。最近、長寿企業の研究もしていますが、長く続く会社ほど、環境など社会の課題を気にしています。一方、よりよい社会の創造につながらない事業体は、社会に存在する必要がないので、なくなっていきます。ですから、起業はよりよい社会の創造につながらないと意味がありません。
学生には新島襄のスピリットを受け継いでほしい
―― 今後の展開について教えてください
関先生:アントレプレナーシップ実践を開講した結果、当然そこには単位が関係します。ところが、この授業に限った話ではありませんが、単位が欲しいからと授業を取る学生もたまにいます。悪貨が良貨を駆逐するように、ただ単位のためだけに起業関連の授業を履修した学生たちは、この授業をつうじて起業につなげたいと思っている学生たちに少なからず悪影響を与えることがあります。ただ授業ですので、どういう学生でも排除することはできません。そこで来年4月からは、1回生からでもアントレプレナーシップ実践を履修しやすいようにします。ただし起業する意味や目的をちゃんと説明できないと、授業を受けられないようにするつもりです。
―― そのほか、起業に関してはどんなことを行っているのでしょうか?
関先生:単位を与える科目ですと限界があるので、課外活動で起業教育のプログラムを走らせることを考えています。学生がゼロから立ち上げるような学生企業だけではなく、実家の家業を継いでいたり、大手企業の新規事業の担当をしたりしているOB・OGに依頼し、課外活動を展開していくつもりです。本気でやりたい学生だけが集まってきますし、単位付与などにも縛られずに済みます。元々同志社大学には、起業教育に関連した課外活動がありますが、それらをさらに活用していこうと考えています。実は同志社大学では、起業部もできました。公認サークルではありませんが、起業に関心のある学生が集まって、サークル活動をしています。まだ100人ぐらいしか集まっていませんが、すでに起業している卒業生を集め、起業部に所属する学生を軸にFacebookでコミュニティもつくっています。課外授業、コミュニティ、起業部、これらすべてが全部融合してくると思います。
―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
関先生:「アントレプレナーシップ」は「精神」と訳されることが多いですが、重要なのは起業するという行為そのものです。ぜひ身近なところから1つ1つチャレンジしてみてください。できないことはないですし、できないなら、できるようにするためには何をどうすればいいのかを考えなくてはいけません。できないと言っている人は、多分やれないと思います。もう、やるしかないんですよ。また、「なぜ起業するのか?」について考えることも忘れないでほしいと思います。「商品やサービスをどういう目的で販売するのか?」「そのビジネスを通じて、どのようなよりよい社会を創造していきたいのか?」それが重要です。
大阪には、「八百八橋」というように、数多くの橋があります。かつて大阪商人たちは、通行料を取る目的ではなく、橋を通じて人々が交流したり、ものを交流させたりするために、川に橋をかけました。起業行為には、そうした商人魂が重要です。同志社大学の創立者、新島襄先生は国禁を犯してまで渡米し、キリスト教を学び、そして帰国後のいまからおよそ150年前の1875年に、賛同者の多くから寄付を募り、同志社英学校を創立しました。新島襄先生が行ったことは決して私利私欲のためではなく、よりよい社会を創造していくために行ったのです。ですから同志社大学の起業教育は、ビジネスをつうじて、常によりよい社会の創造につながる行動をし続けていかなくてはならないというミッションがあると思います。同志社生は、ぜひ、起業行為の実践ということと、合わせてそのスピリットを同志社大学で学んでほしいと思っています。
関 智宏先生のご紹介リンク:
ー 関 智宏(商学部商学科) | 同志社大学 研究者データベース