「努力できない人」を変えられる努力の仕組みとは? 根性論ではなく経済学のフレームワークに当てはめる

インタビュー取材にご協力いただいた方

山根 承子(やまね しょうこ)氏 パパラカ研究所 代表取締役社長・博士(経済学)

立命館大学文学部心理学科、大阪大学経済学研究科を卒業後、近畿大学経済学部准教授を経て、2020年より株式会社パパラカ研究所代表取締役社長。専門は行動経済学。行動経済学の理論を現実の諸問題の解析・解決に活用し、国内外の学術誌や著書を通して数多くの研究を発信している。主要な著書に、『努力は仕組み化できる 自分も・他人も「やるべきこと」が無理なく続く努力の行動経済学』(日経BP)、『今日から使える行動経済学』(ナツメ社)、『行動経済学入門』(東洋経済新報社)など。

主な公職等(いずれも現職)行動経済学会 常任理事/一般社団法人 投資信託協会 理事/環境省「日本版ナッジ・ユニット(BEST)有識者会議」、「(同)ナッジ倫理委員会」委員

世の中には努力できる人と努力できない人がいます。子どもや部下に努力するように伝えても、実行させるのは簡単ではありません。努力できない人を変えるにはどのようにすればいいのでしょうか?

経済学の観点から見た努力とはどのようなことか、努力の仕組み化の方法とは、成功するには運が関係するのか。そこで今回、『努力は仕組み化できる 自分も・他人も「やるべきこと」が無理なく続く努力の行動経済学』を上梓し、行動経済学の研究に取り組まれてきたパパラカ研究所 代表取締役社長・博士(経済学) 山根承子氏にお話を伺いました。

経済学とは「お金儲け」を考えるのではなく「幸福になる方法を探すこと」

ーー 経済学とはどのようなものでしょうか?

山根社長:多くの方は、経済学を「お金儲けの学問」だと誤解していますが、実は社会にいる全員が幸せになる方法を探す学問です。そこで、幸せになる方法の1つとして、「所得」が重要になり、「お金儲け」がそこに絡んで入ってきます。残念ながら「お金儲け」が1人歩きしていたり、誤解を生んでいたりするところがありますね。しかし、私たち経済学者が追及したいのは「みんなが幸福になる方法を探すこと」です。なので、例えば教科書の最初で考えるシンプルな問いは、「今1万円もらったとして、どう使えば私は1番幸せになれるのか」といったことです。

原始的な世界で、「今日、すごい肉が手に入りました」という状況を考えてみましょう。その肉を、「今日食べるのがいいのか?」「毎日少しずつ食べるのがいいのか?」「ずっと我慢して2週間後に、熟成した状態の肉を食べるのがいいのか?」などの選択肢から、「どのパターンを選ぶと私は1番幸せになるのか」を考えるのが経済学です。つまり、「手に入れたものをどう消費するか・どう貯蓄するか」が問題なんですね。ミクロ経済学の教科書でも、「消費か貯蓄か」は1番最初に出てくるテーマです。先ほどの例では、手に入れた1万円を「すぐ使う」「貯金する」「半分使って半分貯金する」など、どのパターンが良いのかを考えるのが経済学ということになります。

ーー 経済学のフレームワークとはどのようなものでしょうか?

山根社長:例えば、1万円あった場合、「今すぐ1万円使う」と「銀行に1年預ける」のどちらかを選ぶとしましょう。利子を100円とした場合、銀行に1年預けると、1万円が1万100円に増えます。つまり1年間預けると1万100円分の価値ある消費を行うことができるんですね。ただしそのためには、1年間待たなければいけません。「待つことによってお金を増やしてから使うのがいいのか」、それとも「待たずにすぐ使うのがいいのか」というフレームワークで考えるのが経済学です。

「努力」を経済学のフレームワークに当てはめてみる

ーー 経済学の観点から見た努力とは、どのようなことでしょうか?

山根社長:努力もこのフレームワークで考えることができます。「今すぐ楽しい消費に走る」か「今の楽しみは我慢して、後で大きな楽しみを手に入れる」かという状況で、「後で大きな楽しみを手に入れるために今払うコスト(我慢)」が努力なのです。例えば、ダイエットについて考えてみましょう。「今すぐケーキを食べて美味しいと満足し、少し嬉しい気分を味わう」と「ケーキを我慢し、1~2年と時間をかけて、自分の理想の体を手に入れて幸福になる」という選択肢があったとき、どちらがいいのかを考えます。このときの我慢を「努力」と呼んでいます。このように、実は努力は、経済学の根幹の話とつながっているのです。そして、「今選ぶ人」「今我慢して後がいいと選ぶ人」など、努力できるかどうかは人によって異なります。そのような個人差を経済学では「異質性」と呼んでいます。行動経済学ではこの異質性に関心を持つことが多いです。

ーー 行動経済学では「異質性」をどのように測定するのでしょうか?

山根社長:アンケート調査や実験などによって測定します。例えば、有名なのはマシュマロテストです。この実験では幼稚園ぐらいの子どもを1人で部屋に座らせ、子どもの前にはマシュマロを1つ置きます。実験説明者は、「私は今からちょっとこの部屋を出て、後でまた戻ってきます。このマシュマロを今食べてもいいけれど、私が帰ってきたときにまだ食べていなかったら、もう1個マシュマロをあげますよ」と子どもに説明し、部屋を出ていきます。

子どもの様子を見ると、本当にさまざまな反応がありますね。説明の途中で食べる子、説明者が出て行った後、しばらく待った後に、ためらいながら食べる子、しばらく待つものの、「もう我慢できない」と言って、ちょっとずつかじる子、途中で諦めてパクっと食べてしまう子、最後まで我慢して待って2個もらう子。

このように「待てる・待てない」は個人差が強く、幼児期からバラつきがあるのが面白い点だと思います。マシュマロテストは「努力できるかどうか」も、人によって違うことがよく分かる実験だと思います。

「フィードフォワード」「コミットメント」「他人の力を借りる」で努力は仕組化できる

ーー 努力の仕組み化にはどのような方法がありますか? まずは1つ目から

山根社長:未来の行動に対して、自分の行動を見直す「フィードフォワード」という方法があります。いつ、何をどうやるのかをあらかじめ決めておく方法で、努力を継続するのに効果的ですね。例えば、資格の勉強をする場合、ふんわりと思うのではなく、もっと具体的に、「月曜日と水曜日に、晩御飯を食べた後、テキストの1章を2時間勉強する」のように、「いつ」「どれぐらい」「どこで」「どうやってやるのか」を細かく決めると、努力が続くと言われています。

ーー 2つ目について教えてください

山根社長:自分1人で頑張るのではなく、自分が頑張っていることを宣言する「コミットメント」という方法です。例えば、ダイエットするときに、「自分でダイエットしよう」と心の中で思うだけではなく、「私もダイエットして来月までに絶対に3キロ痩せる」といった宣言をSNSで告知します。宣言したことは、「みんなに言った手前、やらないといけない」と思う人が多いので、そのような力を使って努力できるように自分を追い込む方法です。

ーー 3つ目について教えてください

山根社長:努力を継続するには「他人の力を借りる」ことも有効です。例えば、他人の力を借りて、「ダイエットを頑張るグループを作り5人で頑張る」と言った方法を取ります。「みんなで頑張る」とか、「みんなやっている」と言われると、自分もやらないといけない気になるので、周囲の力を借りるのは効果的ですね。

努力の仕組み化の事例

ーー 努力の仕組み化の事例について教えてください

山根社長:私は2024年の8月に『努力は仕組化できる 自分も他人も「やるべきこと」が無理なく続く努力の行動経済学』を上梓しました。そこで、編集者2人が、実際にこの本で紹介したことを試してくれました。1人の編集者はクラリネットの練習について同僚に「コミットメント」を行い、仲間を募り、証拠写真をアップしたのです。過去に「指練習が必要である」ことは分かっていても、意志の弱さから、なかなか努力することが叶わなかったといいます。努力について仕組化を取り入れた結果、努力率100%の目標に対し、努力率12.5%から57.5%へと大きく増加しました。

参考:日経BOOKPLUS「努力の仕組み化」に挑戦 楽器の反復練習は毎日続けられたのか?

もう1人の編集者は1カ月間日記をつけました。先輩に毎日写真付きで報告し、日記を書く前に、「日記を何時までに書く」という宣言をする「フィードフォワード」を行いました。また、ベッドの近くに日記帳とペンを置き、リマインドアプリも利用しました。結果、1カ月間日記を書き続けることに成功できたものの、「フィードフォワード」はあまり合わず、やめてしまったそうです。一方、進捗状況を先輩に毎日報告しなくてはならないという仕組みは成功したようです。自分が逃げ出せない状態をうまく作り出せたのでしょう。人によって合う仕組み、合わない仕組みはあると思いますので、そこは取捨選択して試していただきたいですね。

参考:日経BOOKPLUS「努力の仕組み化」に挑戦 三日坊主でも日記を続けられるコツとは

不運は努力によって変えられる

ーー 成功するには運が関係すると言われていますが、これをどのように捉えたらいいのでしょうか?

山根社長:運と努力に関し、私は期末試験を前にした大学生を対象に、次の4タイプのうち自分がどれに当てはまるのか聞きました。

・自分の力によってうまくいくだろうと思っている人
・運の力でうまくいくだろうと思っている人
・自分の力不足のせいでうまくいかないだろうと思っている人
・運がないからうまくいかないだろうと思っている人

そして実際の期末試験の点数を比べてみたところ、一番点数が高い、つまり一番努力するのは、「自分の力によってうまくいくだろうと思っている人」でした。2番目は、「運がないからうまくいかないだろうと思っている人」。しかし、「運の力でうまくいくだろうと思っている人」は点数が低かったんです。「勉強しなくても、多分いけるだろう」「山が当たるだろう」と思っている人は運に頼って勉強しないんですね。この結果から、「運頼みの人」は、実はあまり努力しない傾向があると言えるでしょう。

ーー 成功者は運だけに頼っているのでしょうか?

山根社長:成功者は運にだけ頼っているわけではなく、絶対に努力しているはずです。努力した上にタイミングよく乗れたので、うまくいっているのでしょう。「自分は運が悪いから、努力しても無駄」という考えもわかりますが、運の力に頼れないからこそ、自分の努力で埋めていかないといけないと思いますね。むしろ私は幸運だと思いすぎている人は、努力をしないので、危険だと感じました。運に頼って努力しないので、そういう人はスキルが伸びないのです。不運だと思っても努力している人の方が長期的に見ると、花開いていくでしょう。

ーー 努力できない人を努力できる人に変えるためにはどのようにすればいいのでしょうか?

山根社長:生まれつき、努力を楽しめる人と楽しめない人がいるといえます。努力を楽しめる人は「能力を向上させたいからやる」といった内発的動機づけが強い人です。一方、努力を楽しめない人は、外発的動機づけが強く、お金や賞賛、社会的地位を与えられて初めて動く人たちです。外発的動機づけが強い人は努力が続きませんが、内発的動機づけが強い人は努力が続くことが研究でも分かっています。運動を例にすると、「運動が終わった後のご飯が美味しい」という理由で運動する外発的動機の強い人は、あまり継続できせん。しかし、「運動が楽しい」という内発的動機づけが強い人は継続できるのです。

内発的動機で動いている人が外発的動機で動いている人に対して、「こうしたらいい」と言ったとしても、本当に効かないですね。逆も同じです。努力させるという観点では、相手が内発的動機を持っているのか、外発的動を機持っているのかを知るのは重要なポイントだと思いますね。後輩や子どもに対して、どうしたらこの人に努力を続けさせられるんだろうと思ったときに、「相手が動く理由」を見極めるのは、すごく大事だと思います。そして、努力を楽しめない人にこそ努力を仕組み化していくことが効果的でしょう。

ーー 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

山根社長:今の大学生や新入社員は昭和の世代から根性論を押し付けられることが多いと思いますが、根性論の時代はすでに終わって、クールに、エビデンスベースドで努力を捉えるというのが、現代的であると思っています。根性論に胸やけしたとき、努力の仕組み化をいくつか試してもらうとか、上司に「最近の努力は根性論ではなく、こういうもの」と教えるぐらいの気持ちでいてもらったらいいのかと思っています。

経済学は最初にお伝えたしたように、9割以上の人がお金儲けの学問と思っているのですが、全然そうではなくて、勉強すると非常に面白い学問です。実は私も最初は文学部に進学したのですが、大学院から経済学を専攻し、その面白さに目覚めました。経済学には、労働経済学や行動経済学、公共経済学、国際経済学などなど様々な分野があるのですが、人を幸福にする方法を探求するという点では同じ方向を向いているんですよね。面白い学問なので、ぜひたくさんの人に知ってほしいと思っています。