日本がものづくりで国際競争力を取り戻すには?日本の空気を読む文化をデザインでも生かす|吉岡(小林) 徹 氏

インタビュー取材にご協力いただいた方

吉岡(小林) 徹(よしおか こばやし とおる) 
一橋大学
経営管理研究科経営管理専攻・准教授
経営管理研究科経営管理専攻イノベーション研究センター・准教授
商学部・准教授

2005年大阪大学法学部卒業、2007年同法学研究科修了。同年より2012年まで株式会社三菱総合研究所にて科学技術政策の調査・研究を担当。2015年東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修了。同年一橋大学イノベーション研究センター特任講師、2016年から2019年まで東京大学大学院工学系研究科特任助教。2019年より現職、博士(工学)。
技術者、デザイナーの持つ知識に焦点を当てた技術、デザインの開発マネジメントの研究が主であるが、産学連携のマネジメントや大学の研究活動のマネジメントについて組織の観点からの研究を行っているほか、大学発ベンチャーについて外的環境からの研究も行っている。知的財産政策の領域では法学との学際的な研究も行っている。

かつて、ものづくり大国と言われた日本は、早くからインハウスデザイナーを抱えており、世界中から評価される工業製品を多く作っていました。しかし、現在は韓国や台湾、中国などアジア諸国に後れを取っています。

工業デザインにおける日本の競争力の低下の原因とは、日本がデザインにおいてグローバル市場で勝つための戦略とは、AIがデザインに与える負の影響とは何か。そこで今回、知的財産マネジメントの研究に取り組まれてきた一橋大学の吉岡(小林)徹先生にお話を伺いました。

工業デザインにおける日本の競争力の低下

―― 工業デザインにおいて日本と海外を比較した現状はどうなっているのでしょうか?

吉岡(小林)先生:元々日本は工業デザインではトップクラスの位置にいたんですね。1950年代には、パナソニックが最初にインハウスのデザイン部門を作っています。その後、ソニーもデザインに注力するようになり、世界的なブランドとして有名になりました。その影響は、米国のアップルへと受け継がれていきました。しかし、現代はアジア諸国が台頭するようになったのです。とくに韓国と台湾、そして中国も力をつけるようになりました。

―― なぜ、日本は韓国に追い越されてしまったのでしょうか?

吉岡(小林)先生:90年代後半にサムスンのイ・ゴンヒ会長がデザインに力を入れるようになったのです。パナソニックやソニーの成功に習ったのだと思いますが、韓国はどうしても国際競争上、自国マーケットだけでは小さいので海外に出て行かなければなりません。海外で戦うために、技術開発やデザイン活動など、製品の競争力につながる活動に注力するようになりました。

―― 韓国はどのようなトレーニングを行っているのでしょうか?

吉岡(小林)先生:デザインのトレーニングに求められるのはロジカルな側面と感性的な側面の融合です。そこには3つの要素が含まれます。人が何を好むのかを知るための心理学や人間工学の知識、製造に関する工学の知識、それにプラスして、「何が最適なのか」「どうしたら新しいものが作れるのか」という問題解決と創造性を両立させる思考法が必要です。とくにこの思考法は、経験によって身につけることが大事です。韓国のデザイナーはとにかく根性で数多くのデザインをアウトプットすることに積極的である印象です。これは韓国が会社や社会からのプレッシャーが非常に強いためかもしれません。その結果、デザインに関して、成果が出ているようです。

日本では多くの企業がデザイン部門を下流工程に

―― 日本の工業デザインが他国と比較して優れている点や、逆に改善が必要な点は何でしょうか?

吉岡(小林)先生:日本の良い点は、未だにメーカーの中に多くのデザイナーがいることです。デザインを内製すると、自社でいろいろな工夫を凝らした製品を作ることができるんですね。一方、海外は結構デザイン事務所に任せてしまいます。すると、製品のコンセプトそのものを上流のところまで迫ることができないわけです。その点、日本は上流に迫りやすく、難しいものに挑戦しやすいという面では、強みがあると思います。ただし、日本はデザイナーの立場がどうしても弱いのです。ほとんどの企業がデザイン部門を下流工程に位置づけ、お化粧さえしてくれればいいと見ています。しかしデザインは本来、お化粧ではなく、「製品はどうあるべきか」を考える、かなり上流工程のものとして考えた方がより価値が出るんですね。

―― デザイン部門を上流工程に置かないのは経営側の問題なのでしょうか?

吉岡(小林)先生:有名な工業デザイナーの方々にお話を伺っても、経営者の受け止め方のばらつきというのをよく指摘されます。限られた企業の経営者はデザインの重要性を非常によく分かっているそうです。どういう面が良くて、どういう面がデザインでは解決できないかを分かってくださればいいのですが、自分の物差しでデザインを評価しようとしてしまう経営者が結構多いようです。

デザインを下流工程に置いた場合の問題は2つあります。一つは、デザインの良さを引き出すことができないことです。この問題の根っこには、専門性へのリスペクトがないことが少なからずあります。もう一つの問題は、組織の中からもデザインを評価しなくてはいけないので、逆に丸投げになってしまうこともあります。経営者の理解が低いと、そのように極端な扱いを受けてしまうのです。

―― デザインを単なるお化粧と捉えると、どのような問題が生じるのでしょうか?

吉岡(小林)先生:日本企業はデザインにアートを求めがちです。デザイナーの中には、自己表現したいという欲望を持っている方がいて、アートとデザインが混同されると、本人にとってはラッキーだったりするわけです。これはチャンスだと、自分の表現ができると思ってしまうので、積極的に止めようとはしません。しかしアートとデザインの区別がつかず、デザインを最後のお化粧として捉えてしまうと、消費者にとって使いづらい製品ができあがってしまいます。デザインとは、一番大事なところはまさにビジネスですし、課題解決策の緩和策の探索であるべきで、本来は表現をするといったものではないはずです。

デザインには三つの軸があります。一つ目がいわゆる美観の軸、二つ目が機能性の軸、三つ目はユーザーが自分を表現するという軸です。デザインの問題は、美観と自分を表現するところが強調されすぎてしまうと、好きな人と嫌いな人に極端に分かれてしまうわけですね。好きな人にうまく伝えて購入してもらえればいいわけですが、そこを失敗した瞬間に売れなくなります。デザインの誤解が何を生むかというと、「前にアーティスティックな製品を販売したけれど全然売れなかった、じゃあダメだ」と、次にデザイン活動を使おうとしなくなるわけです。

日本がデザインにおいてグローバル市場で勝つための戦略

―― グローバル市場で成功するために、日本のデザイナーや企業が取り組むべき具体的な戦略やアプローチはありますか?

吉岡(小林)先生:グローバル展開をする上で大事なことは、それぞれの国に合った製品を作らなくてはならないことです。さもなければ人類共通に普遍的に愛されるものを作ることが必要ではないでしょうか。海外の人が購入してくれるかどうかサーベイをして、経営側が意思決定をすることも必要です。その場合、経営側のデザインへの理解と、良いデザインを判断する力も求められるでしょう。

―― 海外展開する場合の良いデザインとは?

吉岡(小林)先生:良いデザインとは、ターゲットと提供する企業との関係で決まります。ところが、デザインは見た目で判断できるので、経営側が自分の主観で判断しがちです。例えば、インドネシアの20~30代の方々の好みを日本の60~70代の経営者が理解できるでしょうか? 権限を移譲し、その分野に詳しい人、少なくともマーケットに詳しい人に任せるという構造が必要です。商社を除くと、海外での経験が少ない方が海外展開をする製品を判断するポジションにいることが、日本企業の大きな弱点だと思っています。

―― 国際競争力の成功例というのは何でしょうか?また、欧米諸国の国際競争力に日本は追従すべきでしょうか?

吉岡(小林)先生:かつてのソニーは間違いなく成功例だったと思います。教科書にも本当によく出てきますし、世界中から尊敬されていました。現代の成功例としては、アップルやダイソン、ホンダ、P&Gが該当します。P&Gのデザインは目を引きながら、使いやすさも達成しています。海外でも高く評価されていますが、国内でも消費者調査をすると人気があります。人気が高い理由には、人間工学上、計算され尽くしたデザインであることが挙げられますね。加えて、マーケティングがミックスされているので、注目を集めるわけです。P&Gの製品があまりに商業的であると批判されている方もいらっしゃいますが、まさにビジネスのためのデザインという意味では、あるべき姿の一つではないかと思います。

商品の価値は機能面、感性面、自己表現を含めた社会的な関係性、コストの四軸です。今やコストでは新興国には勝てなくなっていますし、生産技術や組織のプロセスの徹底的な効率化を実現できているのはトヨタだけです。機能や技術はアメリカと中国にどんどん置いていかれています。残りは感性面か社会的な側面ですので、デザイン的なアプローチも競争上の選択肢として残しておいた方がいいというのが私の理解です。

AIがデザインに与える負の影響

―― 最近はAIがデザインの世界でも導入されています。テクノロジーの進化が工業デザインに与える影響について、どのようにお考えですか

吉岡(小林)先生:アイデアの種を作るとか、多数のデザイン案を作るところは生成AIが行ってしまうようになると思います。ですから、デザイナーの役割がより難しいところに偏ってしまうのではないでしょうか。売れるデザインは、ある程度今までのものと共通性がなければいけません。過去のものから学習した成果というのが好まれるので、生成AIに有利なわけです。残されたものは、過去のものと連続性がありながら、消費者に驚きを与え、かつ自分たちの会社の価値観を表現しているものが最適解となります。ですから条件がすごく難しくなっています。

デザイン業務には難易度が高い仕事と、気を抜いてできる仕事の2種類があります。しかし簡単な仕事は生成AIでできるようになり、スーパースターのデザイナーが手掛けるような仕事しか残らなくなってきてしまうのではないかと考えています。例えば、ある企業では、デザイナーに社内イベントの販促品のデザインの仕事があったようです。しかし、今や若い社員が生成AIにそのようなデザインも生成させてしまうため、難しい仕事しか残らなくなったと言っていましたね。

同じ例が化学メーカーを対象にした研究論文にもあります。研究開発の人たちに生成AIを使ってどんな物質を研究したらいいかを提案するシステムを試しに入れてみたところ、確かに生産性は増えたそうですが、増えるのは元々生産的な人だけだったようです。しかもそういう生産的な人の仕事への満足度がかなり低下したということが分かりました。理由は、きつい仕事しか残らなくなったからだそうです。ですから、生成AIの登場はクリエイティブな方にとっては本当につらいと思います。

―― AIで簡単なデザインが生成されるようになると、どのような問題が起こりますか?

吉岡(小林)先生:これまでは、デザイナーが小さなプレッシャーのかからない仕事を積み重ね、スーパースターを目指してきました。簡単な仕事から始めてステップアップしていくことで、良いデザインが作れるようになっていくのですが、生成AIに仕事を任せることが増えてしまうと若手のデザイナーのステップアップのチャンスが失われてしまいます。結果的に、未来のスーパースターが生まれなくなることをデザイナーの方も懸念しています。ですから、今後は下積み訓練をしてくれるようなAIが必要かもしれません。

―― ネガティブな側面がある一方で、AIによってデザインのクオリティが上がった部分はありますか?

吉岡(小林)先生:AIによるネガティブな面はありますが、IoTを組み合わせることで、できることは大きく広がります。センサーがあることで、消費者アンケートでしか知りえなかった人間の感情を測定することが可能になりました。例えば、自動車業界では10年前からそのような開発を行っています。運転するときは感情がイライラしたり、焦ったりすると、事故につながります。顔認識技術を使って運転する人の感情の状況を把握することができるようになりました。

サスティナビリティを考えたデザインの必要性

―― 持続可能なデザインやエコデザインの重要性が高まる中で、日本の工業デザインがどのように対応しているか、事例を教えてください

吉岡(小林)先生:サスティナビリティに関して言うと、現在は、発展途上国の状況にどれぐらい目を配れるかという状況だと思っています。例として、富士フィルムが作っている結核迅速診断キットがあります。キットは富士フィルム独自の銀塩増幅技術を使っているのですが、同社のデザイナーが途上国の状況をよく理解した上で作られた製品です。途上国は血液検査のための注射器も安全ではありませんし、検査機も大量の電気を消費するので、電気が安定しない状態では使えないことも起こります。富士フィルムの製品のすばらしいところは、電気がなく検査したいニーズがある途上国のことをきちんと考えて作られたことです。いわゆる文字が読めない人でも、直感的に分かるように書かれています。発想が非常にすばらしいと思いますね。

一方、エコデザインに関して言うと、例えばエネルギー消費を抑えるとか、環境負荷が低い製品を作るといったことは遅くとも30年前から世界各国で研究されています。最近はそのようにエコを意識している製品じゃないと売れなくなってきています。とくに中国においては顕著です。中国の家電製品売り場では、必ず「省エネ性能が何点」と表示されます。サムスンの製品に日本が負けてしまった原因の一つも、エコの訴えかけの面で出遅れたことにあるように思います。そもそもサムスンはグローバル展開を意識していました。発展途上国も意識すると、どうしても価格を抑えながら、省エネでないと売れないわけです。エネルギーを多く使うように見えてしまった時点で、魅力のない製品になってしまいます。

「日本の空気を読む文化」が国際競争力のカギに

―― 今後、日本はデザインにおいてどのようにしていくべきでしょうか?

吉岡(小林)先生:自分たちが製品を売る可能性がある様々な国の視点を見なくてはいけないと思います。しかし日本では、国際営業と国内営業がハッキリ分かれていて、海外経験のある人の情報が必ずしも共有されていないんですね。それをつなぐのが本来は商社の役目ではないでしょうか。国内のメーカーがもっと商社に「どこの国でどんなものを欲しがっているのか?」ともっと積極的に話を聞くとバランスが取れるかもしれません。気になるのは、海外との接点です。韓国や中国の空港に行くと分かりますが、両国とも自国の航空会社の便がいろいろな国への国際便を運行しています。しかし日本は明らかに国際線の行き先が限られています。日本企業が海外にちゃんと足を運べていないことの表れかもしれません。

デザインは様々な立場の人たち、多様な文化の人たちをしっかり観察して、「この人たちにベストなものなんだろうか」と考えることが大事です。そのような意味で言うと、日本の空気を読む文化は非常に有効だと思います。ですから、デザイナーは積極的に海外の人たちが何を欲しがっているかを考えた方がいいですね。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

吉岡(小林)先生:先ほどもお伝えしましたが、自分と立場が違う人たちが、「何が好きなのか」「本当に何に喜んでもらえるんだろうか」を考えることがデザインでは大事だと私は理解しています。自分たちと属性が違う人たちにもしっかり関心を払うことは、あらゆるビジネスに通用します。例えばお客さんに物を売りたいとき、現地に足を運ぶことを強調するデザインの考え方は大切ではないでしょうか。実は組織のマネジメントを運営するときも、従業員が何に痛みを感じ、何に喜びを感じるのかを考えてあげると、より望ましい組織の運営の仕方ができるはずです。自分たちの都合ばかりを考えてはいけないと思いますね。

デザインは、よく「感性の世界でしょう?」「答えがない世界なんでしょう?」と言われがちです。究極的には確かに答えがないから試行錯誤しましょうという分野ですが、データを取って分析すれば手がかりを得ることはできます。「感性」と「分析」その両輪が必要なのではないでしょうか。



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