生成AIはビジネスの救世主か?期待と現実、そして未来への羅針盤|鈴木 貴之氏

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鈴木 貴之(すずき たかゆき)氏 京都先端科学大学 経済経営学部経営学科・准教授

博士(技術経営)。立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科博士課程修了。
専門はイノベーション研究およびマーケティング研究で、近年は生成AIを活用したアイデア創出のプロセスに関する研究にも取り組んでいる。自然言語処理をはじめとした先端技術を経営学の視点から応用することに一貫して取り組んでおり、企業や社会人向けにはリスキリングの一環としてアイデア発想法などの講義・研修も実施している。
2022年より京都先端科学大学経済経営学部に着任。2024年4月より准教授として、教育・研究活動に従事している。

急速な進化を遂げる生成AIは、現代社会において最も注目されるテクノロジーの一つとなりました。「AIがあれば何でも解決できる」といった過熱気味の期待感が広がる一方で、その実態やビジネスへの具体的な活用方法については、まだ手探りの部分も多いと考えられます。

生成AIは企業や社会にどのような新しい価値をもたらすのか、私たちはこのテクノロジーとどう向き合っていくべきなのか。そこで今回、生成AI(ChatGPT)を使って、新しいアイデアを生み出す方法を研究されている京都先端科学大学の鈴木貴之先生にお話を伺いました。

ペルソナ設定に生成AIを使う

―― 生成AIが新しい価値を生み出すことを考えたきっかけについて教えてください

鈴木先生:担当するビジネスプランの授業では、まず日常生活の不満を洗い出し、それを解決するためにアイデア出しをしてもらいます。ところが、学生たちは「不満が全然ない、満足している」と言うので、アイデアが全く出てこなかったのです。そうなると、こちらもなかなか引き出すことができないので、半強制的にアイデアを出す方法を探る中で、他の研究者がフレームワークやペルソナ設定に生成AIを使っていたことから着想を得ました。

学生にはフレームワークを提示することでアイデアの叩き台は作れるようになったのですが、グループワークでのAI活用は難しかったですね。一対一でChatGPTを使う場合は上手くできたのですが、グループで使うとなると上手くいきませんでした。なので、ChatGPTは使わずに普通のフレームワークだけでやるようにしていました。

―― 学生が生成AIを使っていく上で何が問題だと思われますか?

鈴木先生:後述する企業についての件とも関連していますが、学生のレポートを読んでも、AIの仕組みが全然分かっていないようで、明らかに生成したものをそのまま出しています。「これはどういう意味?」と聞くと、書いているにもかかわらず、内容を全く分かっていないんですね。AIが生成したものを鵜呑みにして書いていることがあるので、やっぱりAIの特徴をちゃんと理解した上で使うのが大事だと思いますね。適切なプロンプトの書き方を学ぶことも必要です。

生成AIが生み出す価値

―― 生成AIが企業や社会においてどのような新しい価値を生み出すとお考えですか?

鈴木先生:生成AIの場合、メール作成、文章修正、コーディング支援など単純作業の業務効率化のために使われていると思います。生成AIを使って新しいサービスを作るというよりも、生産性向上のために多く使われていますね。単純作業に時間がかかっていたところがAIに置き換わるので、人間がよりクリエイティブな業務に時間を割けるようになります。仕事が奪われる可能性もありますが、急に代替されるわけではなく、徐々に移行していくのではないかと思います。新しい価値創出はまだ途上であり、AIを活用した新サービス開発などはこれから出てくるでしょう。AIを「導入する」「導入しない」というのは人間が決めることなので、意思決定も関わってくるだろうと思います。

―― 企業が生成AIを活用してイノベーションを生み出す際に重要な要素は何でしょうか?

鈴木先生:1つ目はAIリテラシーの向上です。AIは過去データを学習し、確率に基づく文章生成をしています。つまり内容を理解しているわけではないのです。AIが事実とは異なる情報を作り出す「ハルシネーション」の可能性もあるので、リスクを認識し、鵜呑みにしないことが重要になります。2つ目は実際に使ってみることです。うまくいかない場合に理由を考え、使い方をチームで議論・改善していくと、もっとAIの活用は広まっていくのではないでしょうか。学生も企業も適切なプロンプトの書き方や最新技術、最新の動向を学ぶのが重要だと思います。

―― AIで生成する場合、どのようにプロンプトを書くべきでしょうか?

鈴木先生:例えば、プロンプトを書き終わったら一回ChatGPTに「このプロンプトでAIは理解できますか?」と投げてみます。そうすると、ChatGPTはもう少しプロンプトを修正してくれるので、それを元に生成するということをやっています。すると、より的確な表現に修正してくれることがあるので、それを参考に最終的なプロンプトを完成させています。ウィキペディアに載っているような情報は学習しているかもしれませんが、専門的な分野や最新の企業情報などに関しては、ハルシネーションが発生するリスクは避けられないですね。実際に、公開されている企業の商品情報に基づいて情報を抽出しようとした際も、企業の方に見てもらうと誤りが含まれていました。特定のニッチな分野や、日本語のデータが比較的少ない領域では、AIの学習が追いついていない可能性があります。

AIと人間の創造性との関係

―― 先生の研究されているアイデア発想においても、ハルシネーションが悪影響を与えることがありますか?

鈴木先生:アイデア発想においては、ハルシネーションが必ずしも悪影響ばかり与えているわけではありません。なぜなら、アイデア発想には唯一の正解があるわけではないからです。むしろ、ハルシネーションによって予期せぬ組み合わせや突飛な発想が生まれ、それが新しいアイデアの種になる可能性もあると思っています。この点については、今後の研究でさらに探求していきたいと考えています。

―― では、生成AIを活用する際に、人間の創造性との関係をどのように考えるべきでしょうか?

鈴木先生:生成AIを活用する場合、アイデア創出のプロセスにおける「発散」と「収束」という二つのフェーズに注目します。ブレインストーミングのように、多様なアイデアを大量に生み出す「発散」のフェーズは、生成AIが非常に得意な分野です。そのため、人間がAIを活用することで、アイデアの幅と量を飛躍的に広げることができます。一方、生み出された多数のアイデアの中から有望なものを選び出し、磨き上げていく「収束」のフェーズは、依然として人間の判断力や洞察力が重要になります。なぜなら、AIは感情や共感といった人間特有の能力がないため、ユーザーの潜在的なニーズを深く理解し、倫理的な観点からアイデアを評価することは苦手だからです。最終的な意思決定や、人間的な温かみ、深い共感を伴う創造性は、人間が担うべき領域だと思っています。つまり、AIは強力なツールとして捉えることができたとしても、全てを代替するのは難しいでしょう。人間とAIがそれぞれの得意分野を活かして協力し合う「協働」の関係が理想的だと思います。

生成AIによる価値獲得を最大化するための取り組み

―― 生成AIによって生み出された価値をどのように収益化し、持続可能なビジネスモデルにすることができるでしょうか?

鈴木先生:非常に難しい問題だと思いますが、現状のビジネスの多くが、AIそのものではなく、AIに関連するサービス提供によって成り立っているんですね。現在、生成AI関連で収益を上げている企業の多くは、「AIの使い方を教育する」「企業にAIシステムを導入支援する」といったコンサルティングや教育ビジネスが中心です。AIを活用し、生産性を向上させることは多くの企業で試みられていますが、直接的に売上増加につながるモデルは、まだ確立されていないのが実情ではないでしょうか。

AmazonのようなAIプラットフォームを提供する企業は別として、多くの企業にとっては、AI活用による直接的な収益化はまだ試行錯誤の段階にあるはずです。ただし、AIの使い方を教えるオンライン講座は、比較的手軽に始められ、一定の需要があります。例えば、10,000円でプロンプトの作り方講座を開講し、購買者が30人ぐらいいると、300,000円稼げます。一方で、高額な料金に見合わない粗悪な講座なども存在するため、注意が必要ですね。現時点では生産性向上が中心ですが、長期的に見れば、AI活用によって生まれた効率化や新たな知見が、新しいビジネスモデルの構築や収益化につながる可能性は十分にあります。将来的にはAIを組み込んだ新しいサービスや製品開発が進み、それが収益の柱となるかもしれません。ただし、それにはもう少し時間が必要でしょう

―― AIによる価値獲得を最大化するために、企業はどのような戦略をとるべきでしょうか?

鈴木先生:前述したように「リテラシーの向上」と「実践を通じた学習」が重要です。そのためには、AIの特性や限界、そして特定のデータセットを追加学習させる「ファインチューニング」や外部データベースを参照させる「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」といった最新技術への理解が必要になります。「自社の業務ではAIが使えない」と諦めるのではなく、「どうすれば使えるようになるか」という対策を考えることができます。また、AIや新しいテクノロジーに対する感度が高い若手社員の意見を積極的に取り入れる「ボトムアップ」のアプローチも有効です。特にAIのような新しい分野では、若い世代の方が知識やスキルを持っていることが多いんですね。経営層や管理職は、現場からの提案を受け入れ、挑戦を後押しする姿勢が重要になります。

―― AIを活用した企業の取り組みの事例を教えてください

鈴木先生:スーパーマーケットチェーンのライフコーポレーションは、人材不足に対応するため、生鮮部門において、AI需要予測による自動発注システム「AI‐Order Foresight」を導入しています。システムの導入により、作業負荷や難易度が高い業務の自動化が可能となり、店舗運営や販売機会の属人化への依存を減らし、廃棄ロスの削減を実現しました。こうした成功事例を参考にすることも、自社の戦略を練る上でも役に立つでしょう。

生成AIを活用する上でのリスク

―― 今後、生成AIがどのように進化し、それが社会やビジネスにどのような影響を与えると考えていますか?

鈴木先生:フィナンシャルタイムズの報道によると、現在のOpenAI o1でも、約60%の確率でハルシネーションが起こると言われています。この精度が向上すれば、より多くの業務で安心してAIを活用できるようになるでしょう。ただし製造業のように特定の業界や業務に特化したAIはまだ登場していないようです。そのようなAIが登場すれば、本当の意味での汎用的なAIになっていくでしょう。

感情や共感といった人間特有の領域は、依然としてAIが到達できない壁として残るでしょうけど、AIが進化していくと、「人間の仕事はなくなるのか」「研究者の役割は変わるのか」といった新たな議論を呼び起こす可能性もあります。

―― 生成AIを活用する上で、倫理的な課題やリスクについてどのように考えていますか?

鈴木先生:個人情報や機密情報の入力は避けるべきです。セキュリティ対策を謳うサービスもありますが、100%の保証はありません。情報漏えいのリスクを常に念頭に置くことが必要です。前述したように、AIにはハルシネーションのリスクもあるので、生成された結果を鵜呑みにせず、必ず人間が内容を確認し、ファクトチェックを行うことが重要になります。

また、著作権や雇用の問題も避けては通れないでしょう。ハリウッドでは、脚本家や俳優のストライキが起こっていますし、日本でも声優たちが声明を出しています。AIがエンターテインメント業界で働く人たちの仕事を脅かす可能性への懸念があるからでしょう。AIが生成したものなのか、人間が創造したものなのかを明確に示すことが、今後ますます重要になると思われます。研究論文の世界では、AIを使って書いた場合、その旨を明記するルールが導入されつつありますね。

―― 「AIは人間の仕事を奪う」と言われていますが、その点についてはどうお考えですか?

鈴木先生:一部の仕事が今後AIに代替されることは避けられないでしょう。しかし、過度に恐れる必要はないと思います。変化は段階的に訪れるので、その間に、私たち自身がスキルを見直し、新しい価値を提供できるよう変化していくことが求められます。AIにはない、感情、共感、コミュニケーション能力といった人間ならではの強みを意識し、磨いていくことが重要です。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

鈴木先生:AIは非常に便利なツールなので、積極的に使うことをおすすめします。しかし、その便利さに頼りすぎるのは危険です。AIを使うとしても、人間同士のコミュニケーション、特に対面でのコミュニケーションの大切さを忘れないでください。コロナ禍でオンライン化が進みましたが、人と直接会い、言葉を交わし、共に時間を過ごす中でしか築けない信頼関係や深い友情があります。技術が進歩すればするほど、人間らしい温かみのあるつながりが、より一層重要になってくるはずです。


鈴木 貴之先生のご紹介リンク:
– 鈴木 貴之 | 京都先端科学大学 教員紹介