近年、「退職代行サービス」という言葉を耳にする機会が増えています。厚生労働省の調査によると、2021年の離職率は過去最高水準に達し、特に20代の若年層では転職への意識が高まっています。そんななか、自分で退職を切り出すことが困難な労働者にとって、退職代行は救世主のような存在として注目されています。
しかし、便利なサービスには必ずリスクが伴います。退職代行を利用することで生じる法的な問題や、将来のキャリアへの影響について、十分に理解している人は多くありません。今回は、退職代行サービスのメリットとデメリットを客観的に分析し、本当に利用すべきケースについて考えてみましょう。
急増する退職代行利用者と労働環境の課題

2023年のエン・ジャパン株式会社の調査によると、退職代行サービスの認知度は約70%に達しています。

また、実際に利用を検討している人は全体の44%を占めています。この数字は、現代の労働環境が抱える問題を浮き彫りにしています。

退職代行が注目される主な理由として、以下のような労働環境の変化が挙げられます。
- 長時間労働の常態化による精神的疲弊
- パワーハラスメント(※1)の増加
- 上司との関係性悪化による退職相談の困難さ
- 人手不足による引き留めの強化
※1 パワーハラスメント:職場において行われる優越的な関係を背景とした言動で、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
なお、株式会社アルバトロスの調査によると、年齢別の退職代行利用者数と割合(2022年3月15日~2024年7月31日)は、以下のとおりです。
年齢 | 利用者数 | 割合 |
---|---|---|
10代 | 769名 | 4.8% |
20代 | 9,708名 | 60.9% |
30代 | 3,583名 | 22.4% |
40代 | 1,353名 | 8.4% |
50代 | 469名 | 2.9% |
60歳以上 | 52名 | 0.3% |
特に注目すべきは、退職代行利用者の約60%が20代の若年層であることです。この世代は、従来の「終身雇用」という概念よりも、自分らしい働き方を重視する傾向があります。しかし、実際の職場では古い慣習が残っており、そのギャップが退職代行需要を押し上げているのです。
退職代行のメリットとデメリットを比較

退職代行のメリット
退職代行サービスの最大のメリットは、確実かつ迅速に退職手続きを進められることです。民法第627条により、労働者は2週間前に退職の意思を伝えれば退職できる権利が保障されています。退職代行業者はこの法的根拠に基づいて、依頼者に代わって退職の意思表示を行います。
多くの利用者が挙げるメリットが、精神的負担の軽減です。特に以下のような状況では、その効果が大きくなります。
- 上司からの強い引き留めや圧力がある場合
- 職場でのいじめやハラスメントが深刻な場合
- うつ病などの精神的な不調を抱えている場合
実際に、退職代行の利用によって精神的な負担が大幅に軽減されたケースが多く見られます。
退職代行のデメリット
一方で、退職代行サービスには意外に知られていない法的なリスクが存在します。最も重要なのは、退職代行業者が「非弁行為(※2)」に該当する可能性があることです。
※2 非弁行為:弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を行うこと(弁護士法第72条で禁止)
具体的なリスクとしては、以下が挙げられます。
- 有給休暇の交渉や残業代請求などの法的交渉ができない業者が多い
- 会社側が退職を拒否した場合の対応に限界がある
- 損害賠償請求をされた際の法的サポートが受けられない
転職活動において、退職代行の利用歴が与える影響も無視できません。人事担当者の中には、退職代行利用者に対して以下のような懸念を抱く人もいます。
- コミュニケーション能力への疑問
- 責任感や継続力への不安
- 将来的な早期退職のリスク
特に同業界内での転職を考える場合、退職代行の利用が「ブラックリスト化」につながる可能性があるので注意しなければなりません。業界が狭い分野では人事担当者同士の情報交換が活発で、退職代行を利用した事実が共有されるケースもあるでしょう。
退職代行が本当に必要なケースと利用前の判断基準

退職代行が必要なケース
退職代行サービスは万能ではありませんが、以下のような状況では有効な選択肢となります。
- 精神的・身体的な健康に深刻な影響が出ている
- ハラスメントが継続的に行われている
- 自殺念慮など、生命に関わる状況にある
- 上司が退職届を受け取らない
- 脅迫や恫喝により退職を阻止されている
- 会社が意図的に退職手続きを遅延させている
退職代行を利用する前に検討すべきこと
退職代行を利用する前に、以下の方法を検討することをおすすめします。
- 労働基準監督署への相談:無料で労働問題の相談ができます
- 労働組合への加入:団体交渉権により、より強力な交渉が可能です
- 弁護士への相談:法的な問題がある場合は、専門家のアドバイスが有効です
これらの方法は、退職代行よりも根本的な解決につながる可能性があります。
退職後のキャリアに影響しないための対策

退職代行を利用した場合でも、転職活動で不利にならないための対策があります。最も重要なのは、正直かつ建設的な説明を心がけることです。
- 退職理由を具体的かつ客観的に説明する
- 自身の成長や学びにつなげた表現を使う
- 今後の改善策や対策を明確に示す
また、退職代行を利用した後も、キャリアの連続性を保つためには以下の点が重要です。
- スキルアップの継続:資格取得や研修参加により、専門性を高める
- ネットワークの維持:前職での良好な関係は可能な限り維持する
- ポジティブな転職理由の構築:次のステップへの前向きな動機を明確にする
実際に、退職代行を利用した人の大半が、適切な準備により転職に成功しています。
まとめ
退職代行サービスは、現代の労働環境における一つの解決策として確実に定着しています。しかし、それは決して万能な手段ではありません。法的リスクや将来のキャリアへの影響を十分に理解した上で、慎重に判断することが重要です。
最も大切なのは、退職を単なる「逃げ道」として捉えるのではなく、新しいキャリアへの「入り口」として位置づけることです。退職代行を利用する場合でも、その後の人生設計をしっかりと立て、前向きな転職活動につなげていくことが求められます。
若い皆さんには、困難な状況に直面した時こそさまざまな選択肢を冷静に検討し、自分にとって最適な道を選択する力を身につけてほしいと思います。退職代行も含めて、すべての選択肢にはメリットとデメリットがあることを理解し、賢明な判断を下していきましょう。