「宇宙から学ぶマネジメント」 極限環境が教えるリーダーシップとチームの強さ|湊 宣明氏

立命館大学 大学院テクノロジー・マネジメント研究科・教授 湊 宣明氏

インタビュー取材にご協力いただいた方

湊 宣明(みなと のぶあき)氏 立命館大学 大学院テクノロジー・マネジメント研究科・教授

1999年早稲田大学卒、2007年仏トゥールーズ経営大学院修了(首席)。修士(航空宇宙管理学、ESC Toulouse、2007年)。博士(システムエンジニアリング学、慶應義塾大学、2013年)。2000年宇宙開発事業団入社、2003年より宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤務し、国際宇宙ステーション計画、システムズエンジニアリング推進、宇宙ビジネス開発等に従事。2006年よりフランスに大学院留学し、Avion de Transport Regional社で航空機マーケティングを経験。2009年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科助教、2011年同特任准教授。2015年より立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科准教授、2016年副研究科長、2017年教授 、2023年より研究科長。立命館大学宇宙地球探査研究センター(ESEC)副センター長、デザイン科学研究所副所長。2019-2020年シンガポール国立大学(NUS)客員研究員。外部委員として、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)将来系輸送ミッション検討委員、日本経営システム学会評議員、システム・ダイナミクス学会理事、日本学術振興会先導的研究開発委員会委員、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員を歴任。国際学会The International Forum on Shipping, Ports and Airports(IFSPA2015)よりBest Paper Award受賞。日本経営システム学会より2016年度学会賞受賞。

宇宙飛行士の訓練は、限られた空間や時間の中で、ミスが許されない状況を経験しながら、チームでどう協力し、判断するかを学ぶ場です。立命館大学大学院テクノロジー・マネジメント研究科の湊宣明教授は、過去に宇宙航空研究開発機構(JAXA)で勤務した経験があります。その経験をもとに、マネジメント教育に活かせるプログラムを開発。リーダーが不在の場面や意見の食い違いを想定した「宇宙型訓練プログラム」で、チームの柔軟な強さと実践的な判断力を育てます。

宇宙キャリアの始まり JAXAと国際的な仕事への志向

―― 先生が宇宙、あるいは現在の研究テーマに興味を持った最初のきっかけは何でしょうか?

湊先生:最初に仕事として意識したのは就職の頃です。しかし母親によると、子どもの頃から宇宙に携わる仕事に就きたいと思っていたようです。小学校の作文で「将来、種子島でロケットを上げる」と書いていたことを聞かされました。私はそれを全く覚えていないのですが、どこかでそれが記憶に残っていて、回り回って宇宙の仕事に就いたことに後から気づきました。

―― 宇宙の仕事を始めたきっかけはどんなことでしょうか?

湊先生:最初は「宇宙」に特別なこだわりはなく、むしろ国際的な舞台で仕事をしたいという思いが強かったんです。「世界が協力して何かを成し遂げる仕事に就きたい」と考えていました。そんなとき目に留まったのが、アメリカとロシアが対立していた時代にも協力を続けていた宇宙開発の現場でした。国境を越えて、一つの目標に向かって取り組むその姿勢に、強く心を惹かれましたね。国際宇宙ステーション(ISS)などはまさにその典型例です。それが、現在のJAXA(宇宙航空研究開発機構)の前身である宇宙開発事業団(NASDA)に入所するきっかけになりました。

―― JAXAからフランスに派遣されています。

湊先生:JAXAから「長期派遣」という形で、フランスに滞在しました。派遣先は南フランスの都市・トゥールーズ。そこはフランスの航空宇宙の中心地で、エアバスをはじめ数多くの関連企業が集まる、まさに航空宇宙産業のハブともいえる場所です。そこには、航空宇宙企業で働くエンジニアや管理職など、航空宇宙産業界のエリートを育成するための大学校「グランゼコール」があり、日本の大学とは一線を画し、高度な実践性と専門性を備えた教育が行われています。私はその中でも「宇宙版グランゼコール」ともいえる学校に派遣され、学びました。

宇宙飛行士訓練から着想を得たマネジメントプログラム

―― 先生が宇宙飛行士の訓練プログラムに興味を持たれたきっかけは何でしたか?また、それをマネジメントに応用しようと考えたのはなぜでしょうか?

湊先生:宇宙開発の現場において「どれほど優秀な人材でも、チームとして機能できなければ成功できない」という現実に強い衝撃を受けたからです。スペースシャトル「コロンビア号」の事故調査でも、技術的な要因に加え、チーム内の意思決定やコミュニケーションの問題が大きな背景にあったことが明らかになっています。NASAは、マーキュリー計画、ジェミニ計画、アポロ計画時代の事故の教訓から、航空分野のパイロットや客室乗務員、地上作業員などを対象としたCRM(Crew Resource Management)を発展させ、宇宙飛行士や地上の管制官などに特化した SFRM(Space Flight Resource Management) を独自に開発し、導入しています。

私はこのSFRMの考え方を基盤に、2012年から研究を進め、JAXAやNASAの訓練事例を参照しながら、社会や企業にも応用できるように新しい模擬訓練プログラムを開発しました。訓練を通じて得られる知見は、グローバル化やリモート化が進む現代の組織において、非常に大きな意味を持つと考えています。

宇宙飛行士訓練における三つの柱

―― 宇宙飛行士の訓練は、大きく分けて身体面、技術面、心理面の三つを柱として構成されています。まず1つ目の身体面について教えてください。

湊先生:身体面では、筋力や持久力を維持するために地上での徹底的なトレーニングが行われます。たとえば、NASAのジョンソン宇宙センターでは「Strength and Conditioning Program」と呼ばれる個別の運動処方があり、飛行士一人ひとりに対してトレーナーが定期的にメニューを調整します。これは単なる体力づくりではなく、微小重力下で想定される筋萎縮や骨密度低下に対応するための、予防医学的な側面を持っています。

―― 次に技術面について教えてください。

湊先生:ここでは、国際宇宙ステーション(ISS)や搭乗する宇宙船の運用スキルを習得することが中心です。たとえば、ロシアの「ソユーズ宇宙船」では緊急離脱モードを含むあらゆるシナリオを模擬できるシミュレーターを使い、クルーが瞬時に対応できるよう徹底的に訓練しますね。ISSのロボットアーム「カナダアーム2」の操作訓練もその一例で、巨大な仮想現実(VR)システムを用いた模擬操作を繰り返し、機器交換や補給船のドッキングを実際に行えるレベルまで仕上げます。また、船外活動(EVA)のための「Neutral Buoyancy Laboratory(水中中性浮力ラボ)」での訓練は象徴的で、巨大プールにISSの実物大モジュールを沈め、模擬宇宙遊泳を行います。

―― 最後に心理面について教えてください。

湊先生:心理面ですが、これは国際クルーとしての適応力を育てる重要な領域です。宇宙飛行士は、閉鎖空間で半年以上を共に生活し、文化的背景の異なる仲間と協力しなければなりません。そのために、過酷なアウトドア環境でチームとして野外活動を行うNOLS(National Outdoor Leadership School)訓練や居住可能な海底実験施設で長期間の共同生活を行うNEEMO(NASA Extreme Environment Mission Operations)訓練を体験し、ストレスマネジメントやチームワーク、リーダーシップ、フォロワーシップを実地で養います。また、極限環境でのサバイバル訓練も欠かせません。たとえばソユーズ帰還カプセルがシベリアに着陸した場合を想定し、零下環境での生存技術を身につける「冬季サバイバル訓練」や、海上に不時着した際に救助まで耐え抜く「水上サバイバル訓練」なども行われます。

宇宙飛行士訓練のマネジメントへの応用

―― 宇宙飛行士訓練は、マネジメント能力の向上に役立つということでしょうか?

湊先生:宇宙飛行士の訓練は、筋力トレーニングから高度なシミュレーション、心理的適応力の養成まで、多層的に組み合わされており、マネジメント的に言えば「シナリオごとのリスクを想定し、そのリスクを人材育成の中で吸収していく仕組み」だといえます。これは単なる個人訓練ではなく、国際宇宙開発における組織的リスクマネジメントの一環であり、だからこそ教育・経営分野への応用可能性が高いと考えています。

―― 特にどの要素がマネジメント能力の向上に役立つとお考えですか?

湊先生:私が特に重視しているのは、リーダーシップとフォロワーシップの相互作用です。宇宙飛行士は、極限環境で仲間と長期間を過ごすため、単に一人の強いリーダーがいれば良いわけではありません。状況に応じてリーダー役とサポート役が自然に切り替わり、チーム全体が柔軟に機能することが求められます。

その点を踏まえ、私が開発した模擬訓練プログラムでは、あえて「リーダーが不在になる」シナリオを設けています。残されたメンバーは、自分たちで判断を下し、誰かが自然にリーダーを担う一方で、他のメンバーはその判断を支える役割を果たします。さらにリーダーが復帰した際には、更新された情報や行動計画を再調整するプロセスも体験させています。

こうした訓練は、宇宙飛行士に限らず、企業や組織においても同じ意味を持つでしょう。上司が常に現場にいて指示を出せるわけではありません。むしろ現場メンバーが臨機応変に判断し、リーダーシップを発揮しなければならない状況が頻繁にあります。そのとき、チームがうまく役割を切り替えて協働できるかどうかが、マネジメント能力を大きく左右するのです。私は、このような「不確実な状況での役割交代や再調整プロセス」を疑似体験することこそが、実践的なマネジメント能力を育てるうえで非常に有効だと考えています。

ビジネスとの共通点と相違点

―― 「失敗が許されない」という極限の環境下で行われる訓練は、ビジネスにおけるマネジメントとどのような点で共通していますか?

湊先生:共通点として強調したいのは、不確実な状況の中で最善の判断を下し、チーム全体で成果を上げるという点です。宇宙飛行士も経営者も、限られた情報と時間の中で意思決定を迫られます。そして、伝達のわずかなミスや判断の遅れが、結果に大きな影響を与えるという意味では非常によく似ています。

―― 異なる点は何でしょうか?

湊先生:相違点はリスクの性質にあります。宇宙における失敗は、生命やミッションそのものの存亡に直結します。まさに「絶対に失敗が許されない」環境です。これに対してビジネスの場合、確かに損失や信用低下といったリスクは存在しますが、多くの場合、再挑戦の余地が残されています。

私は、この違いこそが学びの源泉だと考えています。つまり、宇宙飛行士訓練からは「一つひとつの判断に徹底して責任を持ち、失敗を最小化する姿勢」を学ぶべきです。一方で、ビジネスの世界ではそれに加えて「失敗を糧にして次につなげる柔軟性」が求められる。この二つを組み合わせることで、より強靭で持続可能なマネジメントが実現できるのではないでしょうか。

さらに、この発想は企業研修や教育にも応用できます。たとえば、訓練の場で「リーダーが不在になる状況」をあえて作り出し、メンバーが自主的に判断と役割分担を行うシナリオを組み込む。あるいは「小さな失敗をあえて体験させ、それをどうチームでリカバーするか」を学ばせる。こうした疑似体験を通じてこそ、責任感と柔軟性を両立したマネジメント能力が養われます。宇宙飛行士訓練が示しているのは、単なる危機対応力ではなく、人と組織が「しなやかに強くなるプロセス」そのものだといえるでしょう。

マネジメントプログラムの具体的な内容と活用分野

―― この訓練を通じて、具体的にどのようなマネジメントスキルが開発されると考えていますか?

湊先生:私が開発した訓練プログラムでは、宇宙飛行士の能力評価にも用いられる STARモデルに対応するマネジメントスキルを、状況シナリオを通じて体験的に学びます。具体的には、状況認識、異文化理解、コミュニケーション、チームワーク、チームケア、リーダーシップとフォロワーシップ、意思決定、コンフリクトマネジメントの8つのスキルです。シナリオには、単なる机上演習ではなく、あえて「制約」や「不確実性」を盛り込むことで、参加者がリアルに意思決定や役割交代を迫られるように設計しています。

―― 先生が開発したプログラムには「資源配分シナリオ」「リーダー不在シナリオ」「緊急対応シナリオ」「意見対立シナリオ」の4つがあります。1つ目の資源配分シナリオについて教えてください。

湊先生:生命維持に不可欠な「限られた飲料水をどう分けるか」という課題を設定します。参加者は全員が喉の渇きを感じている状況で、必要な行動をとるために自分にはどの程度の水が残されているか、さらに、自分以外の誰かに必要な行動をとってもらうためにどの程度の水であれば配分できるかを考えなければなりません。ここでは、状況認識やチームケアに加えて、コミュニケーション力や意思決定力が同時に試されます。単に合理的に配分するだけではなく、メンバーの心理的な納得感をどう確保するかも重要です。

―― 2つ目のリーダー不在シナリオについて教えてください

湊先生:「リーダーとの通信が途絶した」という状況を設定します。突然のリーダー不在の状況に対して、最初は全員が戸惑うでしょう。しかし、チームの誰かが新たにリーダー役を引き受け、その他のメンバーは新しいリーダーを支えるフォロワーシップを即座に発揮する必要があります。さらに、以前のリーダーが戻ってきた際にどのように再調整するかまで含め、臨機応変なリーダーシップとフォロワーシップの共有と役割分担を体験できます。誰がリーダーになっても機能するチームを作り上げていきます。

―― 3つ目の緊急対応シナリオについて教えてください

湊先生:たとえばチームとしてミッションを遂行している最中に「位置や方角が分からなくなった」「メンバーが動けなくなった」というあえて緊張感を生む事態を模擬します。限られた時間内に状況を正しく把握し(状況認識)、的確に情報を伝え合い(コミュニケーション)、即座に行動方針を決定する(意思決定)プロセスが求められます。これによって、ストレスのかかる状況下において、落ち着いて考え、優先順位を判断し、チームとして問題を解決する能力が鍛えられます。

―― 4つ目の意見対立シナリオについて教えてください

湊先生:「どちらの案で進めるか」をめぐって、チーム内に意見の対立が生じる設定を行います。ここでは、異文化理解やコンフリクトマネジメントが不可欠です。対立を単なる衝突で終わらせず、議論を建設的にまとめて合意形成につなげる力が試されます。このように、それぞれのシナリオが特定のマネジメントスキルを引き出すように設計されており、参加者はその場で役割を変えたり、判断を迫られたりする中で、自然にスキルを体得していきます。単なる知識習得ではなく、「自分の行動がチーム全体にどう影響するか」を実感することが、実践的なマネジメント能力の育成につながるのです。

宇宙から学ぶ、私たちのマネジメント 「特別な訓練」を誰もが体験できる時代へ

―― 宇宙飛行士訓練を応用したマネジメント開発プログラムは、今後どのような分野や企業で活用される可能性があるとお考えですか?

湊先生:この訓練プログラムは、宇宙飛行士だけでなく、遠隔環境で多様な専門家が協力し合い、成果を出さなければならない分野で特に応用可能性が高いと考えています。

まず、医療や救急対応の現場です。患者の命を守るためには、医師・看護師・救急隊員が瞬時に役割を分担し、情報を正確に伝達しなければなりません。ここでは「状況認識」「意思決定」「チームケア」といったスキルが不可欠であり、宇宙飛行士訓練の知見がそのまま活かせます。

次に、航空や鉄道のように安全性を最優先とする社会インフラ産業です。わずかな判断の遅れや伝達の齟齬が重大事故につながる点で、宇宙環境と強い共通性があります。こうした分野においては、訓練を通じたリスク管理意識の向上が大きな効果を持つでしょう。

さらに、ITや製造業の大規模プロジェクト、スタートアップ企業、そしてリモートワークを基盤とする企業も重要な対象です。地理的に分散したチームに対しても、シナリオベースの演習を通じて「役割交代」「情報共有」「コンフリクト解決」といった実践的スキルを体得させることができます。

加えて、私はこのプログラムを学生の教育や企業研修の領域にも広げたいと考えています。大学やビジネススクールでは、次世代リーダー育成のための実践演習として導入できますし、企業研修においては、新任管理職やプロジェクトリーダー候補に対して、実際の現場に近い「疑似失敗体験」を積ませることで、より確かなマネジメント能力を養うことが可能です。

つまりこのプログラムは、宇宙飛行士訓練から生まれた知見を「極限環境から日常の組織マネジメントへ」と橋渡しするものであり、社会の幅広い分野で応用される潜在力を持っていると確信しています。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

湊先生:宇宙飛行士の訓練というと「特別な人だけのもの」と思われがちですが、実際には私たちすべてに通じる普遍的な知恵が詰まっています。私が開発した模擬訓練プログラムは、その知恵を誰もが体験的に学べる形に再構成したものです。

たとえば「コミュニケーション」「チームワーク」「リーダーシップ」「フォロワーシップ」といったスキルは、宇宙だけでなく、皆さんのキャリアや職場でも必ず役立つものです。限られた情報と時間の中で最善を尽くす力、仲間を支え合いながら成果を出す力は、どんな分野でも必要とされるマネジメントの基盤だと考えています。

ぜひ、宇宙から学べるマネジメントのエッセンスを、自身の成長や組織の変革に活かしてください。そして、私自身も研究・教育・社会実装をつなぐ取り組みを続けながら、皆さんとともに新しい未来を切り拓いていきたいと思っています。


湊 宣明先生のご紹介リンク:
武田 俊太郎 | 立命館大学 大学院 テクノロジー・マネジメント研究科 専任教員