オタクの経済活動とは? 急成長するオタク市場が社会を変える|牧 和生 氏

牧 和生(まき かずお)氏 京都橘大学 経済学部経済学科 准教授

インタビュー取材にご協力いただいた方

牧 和生(まき かずお)氏 京都橘大学 経済学部経済学科 准教授

2014年に青山学院大学大学院 経済学研究科 経済学専攻 博士課程修了。青山学院大学 経済学部、九州国際大学、現代ビジネス学部 地域経済学科を経て、2021年より京都橘大学 経済学部経済学科・准教授。専門分野は理論経済学、行動経済学、ホスピタリティ論、サブカルチャー論など。特に、平成から現在にかけてのアニメ作品と消費者の行動やその背景について研究。

少し前までオタクというとネガティブなイメージがつきものでした。とくに女性においては、オタクであることを隠している人が多かったのです。しかし、現在は空前の推し活ブームとなり、オタクであることを隠す人はいなくなりました。好きなものに夢中になり、文化を変える力があるオタクの経済活動とはどのようなものでしょうか?

オタクの消費行動を経済学で説明するには、オタク市場の現状はどのようになっているのか、オタクの経済行動とオタクがもたらす経済効果とは何か。そこで今回、オタクの消費行動の研究に取り組まれてきた経済学部経済学科の牧 和生先生にお話を伺いました。

従来の経済学ではオタクの消費行動を説明できない

ーー オタクというとネガティブなイメージですが、昨今ずいぶんそれも変わってきました。オタクの消費行動にフォーカスしたのはどんな理由からですか?

牧先生:中学・高校時代から私はアニメにハマりました。大学でたまたま経済学を専攻するようになり、オタクを経済学と結びつけられたら、学問そのものにもっと興味が湧くし、楽しい世界が見えるんじゃないかと思うようになりました。しかし、経済学の授業で教わる需要と供給や、いわゆる合理的な人間像だけではオタクは説明できません。そこで私は、秋葉原の駅前にあった秋葉原デパートの本屋でオタク市場に関する本を探しました。オタク文化やサブカルチャーについて研究する本はありましたが、市場規模にフォーカスする本ばかりでした。そこで私はオタクの消費行動にフォーカスする研究をすることに決めたのです。オタク的な行動は非合理に見えるかもしれませんが、一般の人たちが納得できるような理由があれば、社会のオタクに対する理解が進むのではないかと考えました。

ーー オタクは経済学とは無関係な印象がありますが、どのような関係がありますか?

牧先生:経済学は社会科学にカテゴライズされていて、合理的な経済人を前提に理論構築されています。一方で人間のこだわりや心の問題については研究されていませんでした。しかし、人間の心を扱う行動経済学が勃興し、オタクの研究もしやすくなりました。文化や経済を動かしているのは、一部の著名な企業やトップクリエイターだけではありません。私たち個々の人間が経済を動かしているのです。経済学は、社会科学であると同時に人間学であるべきです。ですから私はオタク文化から人間学を追求しようと思いました。

ーー オタクにはどのような特徴があるのでしょうか?

牧先生:オタクには、様々な心理的な要素が、普通の人よりも強く出る傾向があります。大きな特徴は、集団に属したいという「帰属欲求」、何か自分の好きなものを共有したいという「共感欲求」、自分はオタクでこんな知識がありますという「顕示的欲求」です。さらにオタクの心を掴む要素として3つのCがあります。1つ目は「Creativity(創造性)」、ほかのものとの違いを感じると心がキュンとする要素です。2つ目はそうしたものを集めたいという「Collection(収集性)」。3つ目は、みんなで語り合うという「Community(集団性)」です。

オタク市場の現状とは?

ーー オタク市場の現状について教えてください

牧先生:矢野経済研究所は2023年に「『オタク』に関する消費者アンケート調査(2023年)」を発表しました。2023年7月に、日本国内在住の15歳から69歳までの男女10,000名を対象にインターネットアンケート調査によって、「オタク」の30分野について調査を行いました。それによると、アニメオタクは約657万人いると推定されています。多くの方のオタクのイメージはアニメオタクですが、データを見ると人口が多いのは漫画オタクで約674万人もいるんですね。漫画は、「入り口が広い」「買いやすい」「触れやすい」といった特徴があり、人口が多いのも納得できます。お金と時間に関し、突出しているのがアイドルオタクです。アイドルオタクはライブに行ったり、CDや握手券を購入したり、参加するだけでお金と時間がかかります。

調査時期:2023年7月、調査対象:日本国内在住の15歳から69歳までの男女10,000名、調査方法:インターネットアンケート調査、「オタク」とは、「オタク」を自認する、もしくは第三者から「オタク」であると言われたことのある(認知されている)と回答した層を「オタク」と定義している。各分野に該当すると答えた回答者数(複数回答)から推定人数を拡大推計した。

出典:(株)矢野経済研究所『「オタク」に関する消費者アンケート調査(2023年)』(2023年11月30日発表)

注)調査時期:2023年7月、調査対象:日本国内在住の15歳から69歳までの男女10,000名、調査方法:インターネットアンケート調査、「オタク」とは、「オタク」を自認する、もしくは第三者から「オタク」であると言われたことのある(認知されている)と回答した層を「オタク」と定義している。各分野に該当すると答えた回答者数(複数回答)から推定人数を拡大推計した。

注)調査時期:2023年7月、調査対象:日本国内在住の15歳から69歳までの男女10,000名、調査方法:インターネットアンケート調査、1人当たり年間消費金額は、アンケート回答の年間消費金額から平均値を算出した。また1週間の平均オタ活時間(オタク活動に費やす時間)は、アンケート回答の1週間のオタ活時間から平均値を算出した。

出典:(株)矢野経済研究所『「オタク」に関する消費者アンケート調査(2023年)』(2023年11月30日発表)

注)調査時期:2023年7月、調査対象:日本国内在住の15歳から69歳までの男女10,000名、調査方法:インターネットアンケート調査、1人当たり年間消費金額は、アンケート回答の年間消費金額から平均値を算出した。また1週間の平均オタ活時間(オタク活動に費やす時間)は、アンケート回答の1週間のオタ活時間から平均値を算出した。

ーー オタク市場が急成長している背景には何があるのでしょうか?

牧先生:従来のオタクの定義は、サブカルチャーにハマることでした。中には、社会的な常識が欠如するとか、閉鎖的であると辞書に書かれていたこともありました。しかし今やアニメオタクだけでも657万人です。市場が拡大した理由の1つは、1つのカテゴリーにこだわらず、趣味を掛け持ちしている様々な分野のオタクが出てきたことです。もう1つの理由はオタクの定義が変わったこと。以前のオタクの定義はサブカルチャーにハマり、何かしらの行動を起こしながら文化を楽しんでいる人たちを指していました。現在は、オタクにネガティブなイメージがなく、漫画好きとかアニメを観るような層もオタクとしてカウントされているようです。いわゆる「推し活」という形で世間に広まってきたのでしょう。

オタクの経済行動とオタクがもたらす経済効果

ーー オタクはどのような経済活動をしているのでしょうか?またオタクがもたらす経済効果についても教えてください

牧先生:オタクは様々な消費行動をしていると言われています。最近は従来のオタクとは少し異なるライトなオタク層である「推し活」が出てくるようになりました。以前は「自分がオタクです」と公言するとマイナスのイメージを持たれることから隠していた人も多かったと思います。現在は推し活が認知されていることから、社会においてもそのようなイメージは持たれなくなりました。オタクは、自分の興味のある分野に関しては、相当知識があるんですね。一方、推し活は共感など言葉にできない特別な感情のもとで、応援するためにお金を使っています。つまり極める部分が両者は違っているのです。推し活も含めた経済活動をしている層は、自分のブログや掲示板に、例えばアニメの感想を述べるといった情報発信を行っています。それが誰かの目に留まって、「他のオタクの消費行動を引き起こす」といった形で、消費行動が連鎖されていくわけです。

ーー オタクの消費行動の具体例について教えてください

牧先生:アニメオタクは年間消費額が約2万円と推定されています。アニメの主題歌を購入したり、声優のイベントに参加したりといったことにお金を使っています。そうした購入によってファン同士でつながるのもオタク文化の楽しみ方だと思いますね。最近はアニメ聖地巡礼が流行っていて、聖地も激増しています。十六総合研究所の「岐阜県ゆかりのアニメ映画3作品の聖地巡礼による経済波及効果」によると、岐阜県はアニメの聖地になっている場所が多く、聖地巡礼による経済波及効果は253億円であることが分かりました。岐阜県はアクセスしやすい場所というわけではありません。それにもかかわらず、アニメファンが「聖地に行きたい」と行動を起こすと、このような経済効果があるわけです。

参考サイト:株式会社十六総合研究所「岐阜県ゆかりのアニメ映画3作品の聖地巡礼による経済波及効果」

ーー アニメの聖地巡礼で舞台となる地域にとってはかなり経済効果があるようですが、そこで重要なのはどのようなことでしょうか?

牧先生:アニメの聖地巡礼で大事なのは、地域も含め、現地を訪れるオタクの人たちをちゃんとリスペクトすることです。アニメがなければ出会うことがなかった人たちが聖地で出会うわけです。そこでいい関係性をずっと続けられるかどうかがポイントになります。例えば、観光資源がないところでも、アニメの舞台になれば観光資源にできます。何気ない路地にある自動販売機でさえも、アニメの重要なシーンで使われると、そこに物語が生まれるわけです。聖地巡礼の効果はオタクにだけ発生するわけではありません。地元の人もアニメがきっかけで、地域の良さや地域の知らなかった部分について知ることができます。オタクが経済を動かしていくと同時に、オタクとともに社会や経済があるべき姿を取り戻していくのではないかと思っています。

ーー オタクを消費行動に突き動かすものはどんなことでしょうか?そしてオタクにとって消費行動にならない要因とはどのようなことでしょうか?

牧先生:オタクを消費行動に突き動かすものは共感だと思います。何かに引きつけられたり、応援したくなったり、どこまでもついていきたいと思ったり、お金をかけたいと思ったり。例えば、自分に似ているとか、自分が目指すべき姿だけど自分はそれにはなれないとか、自分が育てているとか、そうした感情からオタクは消費行動に走ります。つまり、お金を使って応援することで、とても心が満たされるわけです。一方消費行動にならないものは、オタクに対してリスペクトがないようなサービスやコンテンツです。オタク受けを狙いすぎているグッズは売れません。過去には、その聖地巡礼を過剰にアピールしすぎて、ファンから反感を買ったアニメもありましたね。

推し活ブームがオタクのイメージを変えた

ーー オタクというとこれまでは男性中心でしたが、最近は推し活をする女性も増えています。男性と女性の違いはどのような点でしょうか?

牧先生:コラムニスト中森明夫は『漫画ブリッコ』誌上で「『おたく』の研究」を執筆しています。オタクというと男性中心と思われがちですが、中森明夫によると「おたくはコミックマーケットに集う少年少女」です。また、オタクの研究者もオタクについて男性女性で区別していないことが多いです。当時の男性オタクは、クラスで浮いてしまったり、端の方でマニアックなうんちくを語っていたりと、市民権がない存在だったのです。しかし男性オタクはオタク同士で結びつきがあり、同じ仲間を作って楽しんでいました。一方、女性はオタクであることを隠していて、いわゆる隠れオタクだったのです。オタクとして何か話したいという欲求があったとしても、友達とは別の会話をしなければならず、生きづらかったと思いますね。

ーー 推し活ブームが起きて、そうした隠れオタクの状況は変わってきたのでしょうか?

牧先生:推し活が市民権を得て、オタクであることは全然恥ずかしいことではなくなりました。「私は○○オタクです」、と堂々とオタク宣言ができるようになりましたね。昔は「アニメを見ますか?」と質問されたら、オタクであることを隠すために「ジブリを観ます」と当たり障りのない答え方をしたり返答に困っていたりしましたが、今は「深夜でやっているアニメを観ています」と普通に答えが返ってくる時代です。オタクと命名されて以来、40年以上経過していますが、時代は大きく変わりました。男性女性問わず、好きなものを思いっきり楽しめる社会になってきているのではないでしょうか。

オタク市場の課題を解決することで社会にも良い変化が出てくる

ーー オタク市場の課題はどんなことでしょうか?そしてその課題を解決するためにはどのようにすべきでしょうか? まずは一つ目から

牧先生:一つ目の問題はライトなオタク層である「推し活をやっている人たち」と「古くからいるディープなオタクの人」が共存できるかどうかということです。新しいファンと昔からのファンがうまく共存できないと、ファンの数自体を維持できなくなり、最終的にはファンがいなくなってしまうでしょう。古くからいるファンの問題は、新しいファンに対してマウントを取ることです。例えば推し活の人がSNSで気軽に情報発信すると、「それは違う」と古くからのファンから突然否定の言葉が入ってきてしまいます。そういったことが続くと、「もうファンはやめたい」となってくるわけです。マウントを取らなくても仲間に入れて、健全に楽しむことが重要です。

ーー 二つ目について教えてください

牧先生:二つ目の問題は、企業側が売上を上げたいと、どんどんグッズを販売することです。ファンに対するリスペクトがない状態で、売るために様々なグッズやイベントを企画するとどうなるでしょうか? ファンは情報過多になり、イベントを追いきれなくなったり、疲れてしまったり、飽きてしまいます。また、「自分たちは金の成る木なのか?」と思ってしまうと、オタクは途端に嫌悪感を示します。そこの歯車をうまく噛み合わせていくことで、社会的な何か良い変化が出てくるでしょう。

ーー 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

牧先生:経済学はすごく懐の深い学問です。自分が研究したいテーマは何でも選べます。例えばスーパーマーケットで何か物を買うときにも、「なぜこれを選んだのか?」と考えていくと、何気ない毎日の中に経済学のヒントはたくさんあります。もし経済学に興味があれば、自分の好きな音楽や漫画、ゲーム、アニメについて研究すると新しい発見ができるでしょう。ぜひ肩肘張らずに、経済学をみなさんにも楽しんでもらえたらと思います。教員自身の成長のためにも、外部講師に一任せず、ぜひ一緒に授業をするようにしてみてください。


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ー 京都橘大学:牧 和生 | 教員紹介