高い授業料から何を学ぶ? 日本企業の海外M&A失敗にみる価値の見極め方

M&Aが失敗する理由とは?

みなさんは、これまでの人生で「高い買い物をしたけれど失敗した」と後悔したことはありますか?実は、日本を代表するような大企業でも、同じような失敗をすることがあります。ただし、その金額は「数千億円」「数兆円」という天文学的な数字です。なぜ、優秀な経営者たちが揃っているはずの企業が、巨額の損失を出してしまうのでしょうか。

今回は、海外M&A(企業の買収)の失敗事例を教科書代わりに、モノや企業の「本当の価値」を見抜く力について一緒に考えていきましょう。ニュースの裏側を知ることは、皆さんの将来の選択にもきっと役立つはずです。

なぜ日本企業は海を渡るのか

そもそも、なぜ日本企業はリスクを冒してまで海外の会社を買おうとするのでしょうか。その最大の理由は、日本国内の市場が縮小していることにあります。

少子高齢化が進む日本に留まっていては、企業としての成長は見込めません。そこで、経済成長が続く海外に活路を見出すのです。しかし、ゼロから海外に工場を作って販路を広げるには時間がかかりすぎます。そこで選ばれるのが、M&A(合併・買収)という手段です。

M&A(エムアンドエー):Mergers(合併)and Acquisitions(買収)の略。ほかの会社を買ったり、くっついたりすることで、時間をお金で買う戦略ともいわれます。

すでに現地で成功している企業を買えば、その日から売上も従業員も手に入ります。実際に、日本企業による海外企業へのM&A(IN-OUT)件数は、近年高水準で推移しています。以下のグラフを見てみましょう。

M&A件数の推移
出典:MARR Online「1985年以降のマーケット別M&A件数の推移」

M&A専門誌「マール」のデータによると、日本企業が海外企業を買収する「IN-OUT」の件数は、コロナ禍を経て再び増加傾向にあり、2025年も活発な動きを見せています。グラフからは、多くの日本企業が海外へ打って出ていることが分かります。しかし、このような時間をお金で買う戦略には、会計上の大きな落とし穴が潜んでいるのです。

「のれん」と「減損」|見えない価値の正体

巨額買収が失敗と報じられる時、必ず出てくるキーワードが「のれん」と「減損(げんそん)」です。少し難しい言葉ですが、人気アーティストのライブチケットに例えてみましょう。

あるチケットの定価が1万円だとします。しかし、どうしても行きたいあなたは、転売サイトで5万円払って買いました。この時、定価との差額である「4万円」が、企業買収でいうところの「のれん」にあたります。

企業買収の場合
  • 企業の純資産(定価):100億円
  • 買収価格(購入額):150億円
  • のれん(差額):50億円

企業は、この会社にはブランド力や技術力があり、将来もっと稼ぐはずだ、という期待に対して上乗せ額(のれん)を支払います。しかし、もしそのアーティストが不祥事を起こしてライブが中止になったらどうでしょうか?あなたが払った上乗せ分の4万円は、一瞬にして無駄になります。

企業会計でもこれと同じことが起こります。期待して高いお金を払ったけれど思ったより稼げないと分かったので、その分の価値を損失と認めること、これを「減損処理(げんそんしょり)」と呼びます。過去には、日本郵政や東芝といった大企業が、海外買収後に数千億円規模の減損損失を計上し、大きなニュースとなりました。

なぜ、こうした読み違いが起きるのでしょうか。主な原因は以下の通りです。

高値づかみ

競合他社に取られたくないという焦りから、適正価格以上の金額で買ってしまった。

PMI(買収後の統合)の失敗

日本流のやり方を押し付けて現地の優秀な社員が辞めてしまったり、文化の壁で現場が混乱したりして、期待通りの利益が出せなかった。

※PMI(ピーエムアイ):Post Merger Integrationの略で、M&A成立後の統合プロセスのこと。異なる文化を持つ企業同士をひとつにまとめる、最も難しい局面です。

特に日本企業は、この「PMI」に苦戦するケースが多いと指摘されています。

失敗から学ぶ投資判断の極意

失敗するなら、海外進出なんてしなければいいと思うかもしれません。しかし、挑戦しなければ企業は衰退してしまいます。大切なのは、失敗事例から判断の軸を学ぶことです。

これは、みなさんが将来の進路を選んだり、自分のお金を投資したりする時にも役立ちます。巨額買収の失敗から学べる教訓を3つにまとめました。

ブランドやイメージだけで判断しない

「有名な会社だから」「みんなが買っているから」という理由だけで選ぶのは危険です。その中身やリスクを自分の目でしっかり調べる「デューデリジェンス」の姿勢が、就職活動や普段の買い物でも重要です。

※デューデリジェンス:企業の買収や投資などを行う際に、対象企業の価値やリスクを正確に把握するために行う詳細な調査のこと。

「損切り」の勇気を持つ(サンクコストの呪縛)

「ここまでお金をかけたんだから」とズルズル続けると、傷口はもっと広がります。間違いだと気づいたら、早めに撤退して次へ進む決断力が、リーダーには求められます。

シナジー(相乗効果)を過信しない

「これとこれを組み合わせれば最強だ」という期待は、たいてい楽観的すぎます。自分と相性が良いか、本当に1+1が2以上になるのか、冷静に見極める目が必要です。

まとめ

日本企業の海外M&Aの失敗は、経営ミスというニュース以上の意味を持っています。それは、価値とは何か、未来をどう予測するか、という経済活動の根源的な問いです。みなさんもこれから社会に出ると、「どの会社で働くべきか」「どのスキルを身につけるべきか」といった正解のない問題に直面します。

そんな時、ニュースで見る企業の成功や失敗を自分とは関係ない話と思わず、もし自分が経営者だったらどう判断すべきだったかをシミュレーションしてみてください。経済の知識は、お金を儲けるためだけのものではありません。変化する世界の中で、自分がどう生きていくかを選択するための軸ともいえます。