地域創生の問題を解決するカギは「関係人口」の創出にあり|木村 乃 氏

地域創生の問題を解決するカギは「関係人口」の創出にあり|木村 乃 氏

インタビュー取材にご協力いただいた方

木村 乃(きむら だい)氏 関東学院大学 法学部地域創生学科・教授


京都大学法学部卒業後、野村総合研究所などを経て2003年度より5年間の任期で神奈川県三浦市の政策経営部長などを歴任。在職中にシティセールスを数多く手がける。2008年にビズデザイン株式会社設立、2010年に明治大学商学部特任准教授。2018年より関東学院大学法学部地域創生学科教授。全国各地で地域活性事業のプロデュースや人材育成に取り組んでいる。

地域創生の課題というと、これまでは「いかに人口流出を止められるか」、つまり「いかに市場規模の縮小を抑制しうるか」といった経済重視の考え方が主流でした。しかし国全体の人口が縮小しているなかで、自治体の人口減少を食い止めることは難しいという実態があります。そのため地域創生の問題を考えるには、経済とは異なる側面から、地域の人々の幸福度を考えるといった新しい視点が必要でしょう。

地域創生の課題とはどのようなことか、関東学院大学が行っている地域創生の取り組みとは、地域創生のカギとなる「関係人口」の創出とはどのようなことか。そこで今回、地域創生の問題に取り組まれてきた関東学院大学の木村 乃先生にお話を伺いました。

地域創生の課題は経済問題だけではない

―― 地域創生の課題とはどのようなことでしょうか?

木村先生:経済の基礎である人口の減少は、市場の縮小を意味しています。その縮小していく市場に対して、どれだけ付加価値の高い経済を維持・発展させるかが、地域創生の課題と言われています。しかし、経済問題だけに帰結させていくような問題意識で果たしていいのか、というのが私の疑問なんですね。経済が停滞しないようにする考え方も必要な一方で、そうなった場合にどのような対策を講じるのかも必要だと感じます。つまり、経済的には今より貧しくなったとしても、今以上に豊かに生きていく方法を考えることが大事なんですね。

―― 人口減少をどう捉えたらいいのでしょうか?

木村先生:これまで私たちは「お金さえあれば安心」という社会を確立させてきました。お金の源泉が人口であり、一定規模以上に存在する市場規模だったわけです。その市場規模が縮小していく中で、「お金さえあれば」という発想が通用しなくなってきました。そこで、いわゆる交流人口社会をつくっていこうと考えたり、インバウンドに力を入れたりしていますが、人口減少スピードから見ると限界があります。

人口流出問題に関する国の政策と地方住民の意識の違い

―― 現在、東京一極集中によって地方が影響を受けています。とくに地方の女性が流出してしまうことが問題視されていますが、この問題についてはどうお考えですか?

木村先生:人間が豊かでオシャレで、より安くて自由度が高いところを求める以上、東京への流出は止められないと思います。私はいろいろな地方自治体の職員研修で講師を経験しましたが、講義の際、必ず次のような質問をします。

「人口減少を行政は問題だと捉えています。では、皆さんのご家族が夢を持って地元を出る場合、人口が減ってしまうから地元に残ってくれと止めたことはありますか?」

どの人も「家族が地元から出ていくのを止めたことはない」と答えます。それどころか、地元を出ていくことに対し、喜んで送り出しています。つまり人口問題に関し、実は誰も生活実感レベルでの問題意識は持っていません。地域住民は、それぞれが幸せを追求して生きているだけです。それを政策が邪魔をすることは良くないと思いますね。移住促進策や流出抑制策を行っても効果は限定的ですし、さほどの効果は出ないでしょう。

―― 経済学から考えた場合、人口流出をどう考えるべきでしょうか?

木村先生:経済学では合理的経済人という仮定の人格を想定し、彼らの行動が経済をどう動かすかを分析します。しかし実際には、経済合理性だけで動くロボットのような人間はいないわけです。つまり、政策的に必要があるからといって、人間がそれを望まなければ動くはずがありません。地域政策を考える人たちにはそういうリアリティがあまりないような気がしますね。

「関係人口」の創出が地域創生のカギに

―― 地域創生を成功させるためには何が必要でしょうか?

木村先生:何をもって成功とするかを深く追究すべきだと考えます。ブータンは「国民総幸福量(GNH:Gross National Happiness)」を国の政策の中心に置いており、2005年には国民の95%以上が幸せであるという結果が出ています(注)。このように「幸福度」を高めることが成功であるなら、GDPなどの経済指標ではなくGNHで計測すべきでしょうし、あくまでも経済成長を求めるのであれば、地域内総生産(地域GDP)を計測すべきだと思いますね。

(注)2005年の世論調査において「幸せ」「まあ幸せ」と回答した割合。2000年代後半にはGNH指標が開発され、新たに調査が実施されている。2022年の公表データによるとGNH指標は0.781(前回調査2015年から3.3%上昇)。

地域創生の成功例としては、大分県豊後高田市の「昭和のまち」や福島県いわき市常磐藤原町の「スパリゾートハワイアンズ(旧・常磐ハワイアンセンター)」があります。地元独自の発案により、住民主体で時間をかけて実現させているのが特徴です。域外から運ばれてくる貨幣だけを当てにするのではなく、自らの文化を復活、再生または創造しようとしたことが成功につながっていますね。

想定どおりの成功を収めることができなかった事例としては、群馬県富岡市の「富岡製糸場」や島根県大田市の「石見銀山」などのように世界文化遺産登録を契機とした観光振興があります。そのほか、住民本位ではないマーケティングによって問題を引き起こしている事例としては、京都や鎌倉などのオーバーツーリズムもありますね。共通しているのは、有名な事物に「あやかる」着想で、他者が運んでくる貨幣(外貨)だけを当てにしていることです。

―― ブータンのように地域の人が幸せを感じるにはどうすべきでしょうか?

木村先生:ミクロレベルの実践と研究、そして近未来社会を予測するようなメタ研究に、より多くの人材と資金を注ぐことが必要だと考えます。最近では、地域の市場規模を大きくする(人口を増やす)のではなく、その地域に住んでいなくても、地域で必要とされているアクティビティを支える人間を増やそうという「関係人口」の考え方が出てきています。「関係人口」は後述する関東学院大学での取り組みでも生かされていますね。

神奈川県三浦市での取り組み

―― 先生は神奈川県三浦市で実際に地域創生に携わってきました。どのようなきっかけで地域創生に関わったのでしょうか?

木村先生:私はもともとシンクタンクで働いており、その後、小さなコンサルティング会社を経て、神奈川県三浦市役所にスカウトされました。民間人を上限5年で採用できる法律があり、そこで実際に公務員として働くことができたんですね。三浦市では、市政の立案と執行の司令塔となる「政策経営室」の室長に就任後、政策経営部長などを歴任しました。小泉純一郎内閣時の政策「地域再生計画」の立案と行財政改革の立案も経験し、人材配分、予算配分、権限配分、対外折衝などについて指揮を執っていました。公務員を経験したのは大きかったのですが、実際に地域に関わり、公務員や行政の限界を思い知りましたね。

―― 三浦市での町おこしの具体例について教えてください

木村先生:町おこし活動をサポートするNPO法人「特定非営利活動法人みうら映画舎」を設立しました。みうら映画舎は、ロケハンや撮影アテンド、ロケ弁手配など、撮影支援を中心に行う会社です。劇場映画、ドラマ、PV、CM、情報バラエティーなどに対応し、大規模イベントにも協力しています。

関東学院大学における地域創生の学び

―― その後、地域創生に力を入れている関東学院大学に移られています。関東学院大学では具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか?

木村先生:関東学院大学では、教育のコンセプトとして「社会連携教育」を謳っています。「課題は研究室や教室の中ではなく、社会にある。だから社会で学ぶ必要がある」と言っているんですね。経営学部には、社会連携プラットフォーム「K-biz」があります。「K-biz」とは、上場企業や横浜の地元企業など、多種多様な企業12社と連携してプロジェクトを推進していく仕組みです。学生や受験生にも非常に好評ですね。私自身も横浜銀行や中華街との連携プロジェクトに関わりました。

こうしたプロジェクトが評価され、関東学院大学は「日経キャリアマガジン特別編集 価値ある大学 就職力ランキング2024-2025」では、地域活性化に貢献する大学として全国3位に選ばれています。

―― 法学部には地域創生学科がありますが、どのようなことを学べるのでしょうか?

木村先生:法学部には地域創生学科があり、15科目の「地域創生特論」があります。神奈川、横浜、小田原のような神奈川県内に関する地域創生特論だけではなく、沖縄、岩手、福島など、ご縁があった自治体に関し学生が自由に履修できる科目です。教室では実際に知事や市長が学生に対し講義を行っています。そのほか夏休みの期間、地域の課題テーマを設定し、現地を視察しながらアイデアを練るプロジェクト「地域創生まじゅんプロジェクト」なども実施しています。

神奈川県から地方へと地域創生を広げる 

―― 現在、先生は群馬県上野村と横須賀市の「地域創生プロジェクト」に取り組んでいるそうですが、具体的な内容について教えてください。まずは1つ目から。

木村先生:群馬県上野村は人口約千人の村です。プロジェクトにおいて学生は、空き家を借りて、地元の高齢者と交流しています。また、Iターンで村営住宅に移住された新しい住人の方々とも交流をしています。高齢者が若者と交流をもつことで、長生きにもつながる効果があると思いますね。村には住んでいないけれど、あたかも村人であるかのように村のお手伝いをすることで「関係人口」を体現しています。私たちはそのような「関係人口」を「ほぼ村民」と呼んでいます。上野村のプロジェクトとして取り組んでいた、あるゼミ生は、そのまま上野村に就職しました。卒業生も年に何回か村に出入りして村の方々と遊んでいますね。

―― 2つ目について教えてください

木村先生:横須賀市のある町内会は加入者が減少し、崩壊寸前です。将来的に町内会や自治会は消滅する可能性があるため、それに代わるコミュニティが必要だと考えました。そこで、「どんなコミュニティが町内会に代替できるのか?」を研究するために去年(2024年)の11月から学生主体で喫茶店「関学珈琲館」を開店しました。週一回程度の営業ですが、顧客に私たちの作った公式アカウントにLINE登録してもらいます。町内会の名簿よりもたくさんアカウントが集まるかもしれません。そうなれば、町内会が担ってきた役割以上のネットワークになるかもしれないわけです。そのようにネットワークが拡大すると、ブロックチェーンとしての機能を果たすことも可能です。例えば地元の人たちのハードウェア(例:壺)にNFTをつけたり、昔話にNFTをつけたり。「ブロックチェーンの中で、井戸端会議のようにフリマアプリやオークションサイトを通して物々交換ができないか」といった取り組みを始めています。

―― ブロックチェーンの利用は専門家にお願いしているのでしょうか?

木村先生:関東学院では、地域創生学科を作った翌年に「地域創生実践研究所」を開設しました。研究所には研究者、自治体の長、他大学の先生、実務家など様々な分野の専門家がいらっしゃいます。研究員とメンバーで一つの研究として枠組みを作り、横須賀市の喫茶店運営は学生たちが担当しています。

スケールメリットは終焉し、今後はスモールメリットの時代に

―― 「地域創生プロジェクト」からどのようなことを学べたのでしょうか?

木村先生:上野村には黒沢八郎さんというたいへん素晴らしい村長がいらっしゃいます。彼は「スケールメリットの時代はもう終わった。今後はスモールメリットの時代である」とおっしゃっています。資本主義社会はスケールメリットでしか成立しません。スケールメリットの終焉は資本主義にも限界が来ていることを説明できます。現在、里山資本主義、公益資本主義、新しい資本主義が提唱されていますが、それらに共通するのは、コミュニティを見直すことです。コミュニティは、家族の次にくる社会の最小単位です。

実際に上野村では村で採った木をチップ(木質ペレット)にしてストーブの燃料として活用しています。また、電力利用を最適化する次世代型エネルギーシステム「スマートグリッド」を導入し、水力発電で村の電力需要を賄うこともできます。つまりエネルギーの地産地消です。そういった方法は上野村が小さなコミュニティに基礎を置く自治体(地域)、つまり「スモール」だからこそできることであり、横浜や東京では不可能な方法ですね。村長がそのようなセンスをもって行政にあたられるのであれば、行政にも可能性を見出すことができると思います。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

木村先生:若い方には常識をちょっと斜めから見てほしいと思っています。今までの社会の延長線上では、これからの社会は成り立たなくなるでしょう。大人たちが作った価値観や方法を前提とせず、違うことを考えて、より実践してほしいですね。そのためには、ものすごく勉強してほしいと思っています。とくにリベラルアーツ、数学、物理を勉強してほしいですね。なぜなら論理的思考がないと、言葉(レトリック)を操ってごまかすだけの人になりかねないからです。地域創生について、「お金儲けだけでいいとは思っていない」と主張しているようにみえても、「結局はお金」という部分をはぐらかして説明しているに過ぎないことがよくあります。方程式を書けば、お金が増加する方程式に過ぎず、何も変わらないことが分かります。しっかりと論理的に物事を解釈し、説明できるような人になれる、そのような勉強をしてほしいですね。


木村 乃先生のご紹介リンク:
木村 乃(法学部 地域創生学科) | 関東学院大学 教員紹介