現代社会に潜む「脳の危機」 子どもたちの脳発達を阻害する見過ごされがちな習慣|川島 隆太氏

東北大学 加齢医学研究所 応用脳科学研究分野・教授 川島 隆太氏

インタビュー取材にご協力いただいた方

川島 隆太(かわしま りゅうた)氏 東北大学 加齢医学研究所 応用脳科学研究分野・教授

東北大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科修了。医学博士。現在、東北大学加齢医学研究所教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター・センター長などを歴任。2009年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」、2009年井上春成賞、2013年河北文化賞などを受賞。著書に『脳を鍛える大人の計算ドリル』(くもん出版)、『オンライン脳』(アスコム)、『スマホが学力を崩壊する』(集英社新書)などがある。

現代の子どもたちは、デジタル技術の恩恵を受けながらも、脳の発達に深刻な影響を及ぼしかねない生活習慣に囲まれています。脳科学の研究によって明らかになったのは、スマホやタブレットの過剰使用、睡眠不足、朝食の欠如といった一見些細に思える習慣が、子どもたちの未来を大きく左右するという事実です。今回は、脳科学の第一人者である東北大学の川島隆太教授に、デジタル機器が子どもの脳に及ぼす影響や、健やかな発達を支える生活習慣について伺いました。

スマホやタブレットが「脳の発達停止」の原因に

―― 先生の研究で特に注目している生活習慣の影響について教えてください

川島先生:私は長年にわたり仙台市教育委員会と連携し、市内の小中高校生約7万人を対象に、学力と生活習慣の関係を調査してきました。研究の初期にはテレビやゲームの影響に注目していましたが、時代の変化とともに、子どもたちの主なデジタル利用がスマホやタブレットへと移っていることに着目し、研究の焦点を切り替えました。

その結果わかったのは、スマホやタブレットによるインターネット利用時間が長いほど、子どもの学力が低下するという衝撃的な事実です。当初は学力低下の要因として、睡眠不足や家庭学習時間の減少を仮説に立てました。しかし詳細なデータ解析の結果、睡眠や学習時間の影響を考慮してもなお、デジタル機器の「利用そのもの」が学力を直接的に低下させていることが明らかになったのです。

―― 追跡調査では、どのような結果が出たのでしょうか?

川島先生:私たちの研究チームは、MRIを用いて子どもたちの脳の発達を3年間にわたって追跡調査しました。その結果はまさに衝撃的でした。日常的に長時間スマホを使用している子どもたちの脳では、多くの領域で発達がほとんど止まっていたのです。特に顕著だったのが、脳の各領域をつなぐ「神経線維」の発達停滞でした。脳内の情報をやり取りする電線のような役割を持つこの神経ネットワークの成長が、脳全体にわたってほぼ停止していることが明らかになりました。さらに、思考や感情を司る大脳皮質の中でも、とりわけ重要な前頭葉を含む領域で発達の停滞が見られました。その範囲は脳のおよそ3分の1にも及んでいることが、データとしてはっきりと示されたのです。

脳の発達停滞がもたらす深刻な社会的影響

―― 脳の発達が止まると、具体的にどのような影響があるのでしょうか?

川島先生:大きく分けて3つの問題が生じます。まず1つ目は、情報処理能力の低下です。脳の発達の停滞は、単なる学力低下にとどまらず、社会全体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。神経線維の発達が止まるということは、脳が情報を効率的に処理できなくなることを意味します。その結果、五感で得た情報と、それを基に思考する領域との連携がうまく機能せず、情報処理そのものが苦手になってしまうのです。

2つ目は、集中力や思考力の低下です。前頭葉の発達が妨げられると、物事に集中してじっくりと深く考える力が著しく損なわれます。これはマイクロソフトの調査データでも示されていますが、大人であってもSNSを長時間利用する人は集中力が極端に短くなることが指摘されています。さらに、情報に対して真偽を確かめることなく反射的に行動してしまう傾向も強まるのです。

3つ目は、感情や人間関係のコントロール力の低下です。前頭葉の機能がうまく働かなくなると、感情を抑えることが難しくなり、キレやすくなったり、衝動的に行動したりするようになります。加えて、他人の気持ちを理解する力が弱まり、自分中心の狭い世界に閉じこもる人が増えていきます。こうした傾向はすでに学校現場でも見られ、学級崩壊を引き起こす子どもたちの行動パターンとして顕著に表れていますね。

これらの症状はすでに大人社会にも広がりつつあります。スマホが生活に深く浸透した現代において、私たちは気づかないうちにこうした悪影響を受けている可能性が非常に高いのです。

睡眠が「記憶の番人」海馬を育てる

―― スマホを使っていると睡眠不足になりがちです。睡眠不足は脳にどんな悪影響を及ぼしますか?

川島先生:睡眠不足は、記憶を司る「海馬」の発達を遅らせます。文部科学省が実施する全国学力調査でも、睡眠時間が短い子どもほど学力が低いという結果が示されました。その背景の一つとして、海馬の発達遅延があると考えられます。海馬はあらゆる記憶情報を通過させる“ゲート”のような役割を担っています。そのため、発達が遅れると情報を整理したり、定着させたりする力が十分に働かなくなるのです。

さらに、就寝前のスマホ使用は質の高い睡眠を妨げます。主な原因はブルーライトによる体内時計の乱れや、通知によって脳が覚醒状態になることです。対策としては「勉強机や寝室にスマホを持ち込まない」「リビングで充電する」など、家庭内でルールを設けることが非常に有効です。

―― 睡眠の質を高めるために、家庭でできる工夫はありますか?

川島先生:調査の結果、スマホの利用時間が1時間未満の子どもたちは、自分の心の弱さをしっかり自覚し、寝る前には電源を切るといった工夫をしていることがわかりました。中には、あえて居間など自室から離れた場所にスマホを置くことで、物理的に距離を取っている子どももいます。しかし、こうした自己管理ができているのはごく少数です。高校生で約5%、中学生でも10%程度にとどまっており、大多数の子どもたちは依然として長時間スマホを利用しているのが現状です。

このままの状況が続けば、スマホをうまくコントロールできるごく一部の人々が、そうでない大多数を支配する、極端な格差社会が生まれかねません。実際、マイクロソフトやアップルの経営層は、自分たちの子どもにスマホやタブレットを与えていないことが知られています。この状況から大きな利益を得ているのはほんの一握りの巨大企業であり、彼ら自身はその危険性を十分に理解しているのです。

AI時代に失われかねない「人間らしさ」

―― デジタル機器の普及により子どもたちの生活が変化していますが、脳科学的にはどのような危険があると考えますか?

川島先生:スマホは、複数の情報を頻繁に切り替えるよう設計されています。心理学ではこれを「スイッチング」と呼びます。そのため、長時間使用を続けると、一つのことに集中する能力が徐々に低下してしまいますね。さらに近年、教育分野ではタブレットを使った自己学習アプリの導入が進んでいますが、こちらはより深刻な影響をもたらす可能性があります。教育とは本来、人と人とのコミュニケーションを通じて知識や技能を習得するものです。もし日常的にAIとの「壁打ち」のような学習が中心となれば、人間同士で円滑にコミュニケーションを取る能力が損なわれる懸念があるのです。

また、AIが精巧な嘘を作り出す問題も見過ごせません。AIの出力する情報には特定のバイアスがかかっている場合が多く、それに気づかず利用し続けると、知らぬ間に誰かの意図によって思想や行動をコントロールされかねません。この構造は、スマホのアルゴリズムが個人の好みに合わせて快楽物質を誘発する仕組みと同じです。消費者を依存させ、特定の情報や広告に誘導するシステムは、政治的な目的にも応用可能です。したがって、人々が無批判にこれらの道具を使い続けることの危険性を認識しておく必要があります。

世界との比較で見える日本の遅れ

―― こうした現状に対し、海外ではどのような対策が取られているのでしょうか?

川島先生:デジタル機器の悪影響に対して、日本社会はまだ十分な対策を講じていません。それに比べ、オーストラリアやアメリカの一部では、すでにSNS利用を法的に規制する取り組みが始まっています。私自身、オーストラリア・ブリスベンで開催された学会に参加した際、電車内で中学生たちがスマホに夢中になるのではなく、互いに楽しそうに会話を交わしている姿を目にし、大きな感銘を受けました。こうした光景は、法的な規制が子どもたちに人間らしいコミュニケーション能力を取り戻させるうえで、一定の効果を持つことを示しているのだと感じます。

―― ICT教育についてはどうお考えですか?

川島先生:OECDが実施するPISA調査では、ICTを教育に過剰に導入した国ほど学力が低下するという事実が明らかにされています。スウェーデンやフィンランドといった教育先進国は、この科学的データを真摯に受け止め、ICT教育の負の側面を認めました。その結果、専門家の警告に耳を傾け、電子教科書の使用を廃止する決断を下したのです。

さらに、電子書籍による読書についても、紙の本での読書とは異なり、語彙力や文章理解力を伸ばす効果がない、あるいはむしろ悪影響があることが研究によって確認されています。具体的には、集中力の低下や、うつ病を発症しやすくなる可能性など、子どもたちの発達に深刻なリスクを及ぼすことが指摘されているのです。

朝食と運動が子どもの心身を育む

―― 心身の健康を保つために、食事はとても重要です。朝食を抜くと、学習にどんな影響があるのでしょうか?

川島先生:全国学力調査の結果によると、すでに20〜30年前から、朝食を抜く習慣のある子どもは学力だけでなく体力も低いという結論が示されています。さらに、朝食をとっていても炭水化物だけで、おかずを摂らない場合には、実質的には朝食を食べていないのと同じであることも明らかになりました。大学生を対象とした研究においても、適切な朝食を摂らないと午前中の脳の活動や認知機能が十分に高まらないことが証明されています。

加えて、朝食におかずの品数が多いほど、学力の向上にとどまらず、心の働きを表すあらゆる「心の発達指数」までもが改善するというデータも得られているのです。

―― 朝食の内容について、特に重要なポイントを教えてください

川島先生:主食に関しては、パンを食べている子どもよりも、お米を食べている子どものほうが脳の発達が進み、知能指数も高いという事実が、家庭の収入などの要因を除外して解析したデータによって明らかになっています。これは、ご飯という形でお米を食べることが、おかずを一緒に摂ることを自然に促すためではないかと考えられます。

―― 食事に加えて、運動は脳や心の発達にどのような影響がありますか?

川島先生:運動習慣のある子どもは、心肺機能や体力が高いだけでなく、我慢する力やストレスへの耐性も向上します。また、外遊びには自己肯定感を育む効果があり、他者とのコミュニケーション能力を高める役割も果たします。幼少期の生活習慣は、将来の人間形成に大きな影響を及ぼすことが明らかです。

健やかな脳を育むために

―― 子どもと保護者に向けて、今できることを教えてください

川島先生:子どもの脳は、適切な環境に置かれれば再び発達を始めます。そのため、家庭で子どもたちの脳の成長に有益な環境を整えることが非常に重要です。まず最優先すべきは、スマホやタブレットなどのICT機器の利用を制限することです。反発を避けるためにも、家庭内で勉強中、就寝時、家族団らんの時間にはICT機器に触れないというルールを、子どもだけでなく大人も徹底して守ることが大切です。特に親が食事中に自分のスマホを操作する行為は、子どもへの悪影響が最も大きくなります。また、早寝早起きやバランスの良い朝食といった基本的な生活習慣も、子どもの脳と心の発達には欠かせません。発達期の子どもを育てる親は、これらの習慣を日々意識し、積極的に実践してほしいですね。

―― 最後に、この記事を読んでいる方へメッセージをお願いします

川島先生:現代人、特に若者が日常的に使っているスマホは、知らない間に第三者によって人生をコントロールされる「精神支配の道具」となり得る可能性が非常に高いのです。自分の人生は、自らが主体となって楽しむべきものであり、そのためにはスマホの過剰使用がもたらす悪影響を常に意識することが欠かせません。このまま無批判にスマホを使い続けると、まるで「誰が作ったかわからない草」を食べ続ける羊のように、自分の人生を第三者に操られ、それに気づかないまま大切な時間を失ってしまう危険性があるのです。


川島 隆太先生のご紹介リンク:
– 川島隆太|東北大学 川島隆太研究室 教授紹介