理想の人生を生きるには? ライフプランとキャッシュフロー表で現実を知る

インタビュー取材にご協力いただいた方

亀坂 安紀子(かめさか あきこ)氏 青山学院大学 経営学部 教授

1989年公認会計士第2次試験合格、大手監査法人勤務。1995年3月東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得修了。内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官等も経て、現在、財務省関税・外国為替等審議会委員、財務省財政制度等審議会委員、金融庁金融審議会専門委員、経済産業省産業構造審議会臨時委員。

2002年、国際学会にて日本の投資家行動に関する研究に関してIbbotson Associates Japan Research Award受賞。主観的幸福度(subjective well-being)の研究でも、2012年に開催された「4th OECD World Forum」で東日本大震災に関するパネリストとして招待されるなど、多くの国際会議に出席。

多くの学生たちは親世代と同等かそれ以上に幸せな人生を送りたいと考えています。しかし現代は、そうした人生を送るのは簡単ではありません。そのような現実を教えてくれるのがライフプランとキャッシュフロー表の作成です。

理想の人生と現実にはどれぐらいのギャップがあるのか、理想の人生を送るにはどのようにすべきか、女性の働き方を妨げている要因とは何か。そこで今回、ファイナンスや幸福度の分析について取り組まれてきた青山学院大学の亀坂 安紀子先生にお話を伺いました。

ライフプランのシミュレーションから人生のキャッシュフロー表を作成

―― 亀坂先生は授業の中で金融リテラシー教育をどのように行っているのでしょうか?

亀坂先生:最初の授業では、前提知識なしで学生に3~5人のグループを作ってもらい、「将来結婚したいと思いますか?」「どんな家に住みたいと思いますか(東京の都心、郊外、地方)?」といった質問についてディスカッションしてもらいます。

このような質問に対し、女子学生たちは「結婚して子供を持ちたい」「子どもを持つなら一人じゃなくて二人欲しい」「子どもは女の子二人でいい」「とりあえず結婚したい」「旦那さんは稼ぎが良いほうがいい」「子供ができたら、小学校からでもいいし、中学校からでもいいし私立に入れたい」などと意見を挙げます。

一方、男子学生は、「自分が頑張って稼ぐから、妻にはパートで働いてもらい、子供の面倒を見てもらいたいかな」という意見も多いです。

―― ライフデザインを描いてもらったうえで、教育費の現実を知ってもらいます

亀坂先生:それぞれの理想について議論してもらった後に、実際に子どもを私立に入れた場合の教育費について考えてもらいます。そこで学生たちは初めて現実を知り、驚くわけです。

私立小学校の学費は年間100万円以上とか、つまり6年間で600万円以上かかります。例えば青山学院大学の学生のなかには、幼稚園や小学校からそのまま進学する子たちがいます。中学へ内部進学し、年間100万円の学費がかかるとすると、自分が将来得られる給与から教育費を捻出することは大変であることが分かるはずです。

―― 教育費が分かったところで、住宅費や老後資金についてはどうでしょうか?

亀坂先生:都心の新築マンションは、平均価格が値上がりし、東京23区内の平均価格は一億円を超えてしまいました。23区内の物件の平均価格についても最新データを見せて、都内に新築マンションを購入した場合の支出についても考えてもらいます。

次は老後の生活資金の算出です。学生のなかには、「定年まで働き、その後は遊んで暮らしたい」と思っている人も多いです。そこで60歳を定年とし、男性、女性それぞれの平均余命まで生きた場合、年金だけで現役時代と同じ生活レベルで過ごすと、毎月の支出の赤字がどれぐらいになるのかを考えてもらいます。

―― そこから、どのようにキャッシュフロー表を作成するのでしょうか?

亀坂先生:それらのデータを参考として学生は、人生の3大支出である教育費・住宅費・老後資金の合計額を計算します。収入については、希望する職種別の正規社員の平均給与などから計算してもらい、非正規社員のデータも見せて、学生にざっくりと計算してもらいます。そのうえで、海外旅行や所有したい車、家族の介護など、3大支出以外についても議論し、キャッシュフロー表(エクセルファイル)に反映します。

キャッシュフロー表を作成し、人生は理想通りにはならないことを知る

―― 教育費・住宅費・老後資金のキャッシュフローを算出した結果、学生はどのような感想をもつのでしょうか?

亀坂先生:とくにショックを受けるのが教育費の高さです。公立と私立の学費は100万円以上違うので、妻が専業主婦の家庭の場合、授業料を払うだけでも大変です。しかし実際には、授業料などのほか、塾代や習い事の費用(ピアノ教室、公文、バレエ教室、サッカー、野球など)が年間数十万円かかったりします。

「今まで、そういうことを考えたこともなかった……」といった学生も多く、かなり衝撃を受けましたね。理想の生活を実現するには、男性が相当頑張って稼ぐか、女性も正規社員として働かないといけないと現実を知るわけです。

―― 専業主婦が前提だと大赤字になることが分かりました。それでは「人生のキャッシュフロー」を黒字化するにはどのようにすればいいのでしょうか?

亀坂先生:例えば夫だけが正規社員として働いて妻は専業主婦という前提でキャッシュフローを作ると大赤字です。しかし妻がパートで働き、子供一人をもった場合、子どもが大学まですべて公立だとすると、何とかなったりします。ただし子どもが二人の場合、妻も正規社員として働き続けないと黒字にはなかなかなりません。大学まですべて公立の場合、子どもの学力の高さが前提となりますし、通常は塾代がかかります。そのように具体的な話を授業で話しています。

―― ライフプランとキャッシュフロー表作成だけではなく、金融トラブルなどについても話しています

亀坂先生:以前は日銀の情報サービス局の中にある金融広報中央委員会が大学に講師を派遣してくださり、金融リテラシーに関する寄附講座を開講していました。現在、同じ講座は開講しておりませんが、類似の講座は開講されています。

キャッシュフロー表から見える社会の問題

―― キャッシュフロー表から、女性が正規社員として働かなくてはいけないという現実が見えてきますが、卒業後に学生はどのようにしていきたいと考えているのでしょうか?

亀坂先生:親の事業を継いだりして、フリーランスとしてやっていきたいという学生もいます。大学在学中にアプリ会社を立ち上げてやっていきたいという学生もいます。ただし、立ち上げたものの稼ぐのは難しく、理想と現実の狭間で悩んでいるようです。

―― 女性の働き方については、いつの時代も壁があります

亀坂先生:私の世代もそうですし、その上の世代から女性が働くことについてはマイナスのイメージを持っている人もいるとは思います。学力ランキングが高い大学や大学院進学を希望しても母親から結婚できなくならないなどと言われたり、結婚しても義理の母親から仕事の理解を得られなかったり。希望の大学に入れなかったために、浪人を希望しても親が許さず、不本意ながら第二志望の大学に入るケースもあります。そうした女子学生は社会人になってから挽回したいと、実力主義の会社に就職することもあります。

―― 学費を自分で稼ぐように親に言われている学生もいます

亀坂先生:今の学生は、全員が裕福なわけではありません。そもそも大学の学費を自分で出さないといけないため、学費を稼ぐためにアルバイト漬けになっている子も多いのです。しかし現状、大学の勉強も厳しくなっているため、試験勉強をあまりできない学生もいます。アルバイトをしないと大学を続けることができなくなるため、仕方なくアルバイトを優先しているわけです。母親が必死にパートで働き、学費を出してくれているという子もいました。

―― 金融リテラシーを学ぶことが非常に重要だと分かりました。しかし一般の人が学ぶにはどのようにしたら良いのでしょうか?

多くの人が、ライフプランとキャッシュフロー表は学ぶべきであると考え、私は金融広報中央委員会の方々に対し、青山学院大学の学生だけではなく、誰でも金融リテラシーを学べるようにしたほうがいい、と提案しました。金融広報中央委員会の方々も公式サイト「知るぽると※」で、モデル授業の資料を公開しました。現在は、どなたでも金融リテラシーについて、そこから正しい情報を学べます。

※「知るぽると」は現在J-FLEC(金融経済教育推進機構)に移管

理想のライフプランを実現するには女性の働き方に対する意識改革が必要

―― 先生が学生時代、女性の働き方についての意識はどうだったのでしょうか?

亀坂先生:私が高校生や大学生の頃、女性は「結婚したら会社を辞めなくてはならない」とか「夫の転勤先についていかなくてはならない」といった価値観が普通だったのです。ただし、私はそうした時代の波に抗い、大学時代に公認会計士の試験を受けました。もし、公認会計士がダメでも税理士を目指すつもりでいましたね。

―― 「働くこと」とお金の関係をどう捉えるべきでしょうか?

亀坂先生:未だに「結婚したら仕事は辞めたい」という意識の女子学生は多いですね。専業主婦の母親をもつ女子学生は、家で家事を頑張りサポート役に徹する母親を見ているため、同じ意識を持ち、母親側も女性は良い男性を見つけて結婚して自分と同じ道を辿ることが最善と思っていたりします。つまり、母親世代も、今の時代は女性が専業主婦になると生活が成り立たなくなってしまったりするのを、まだまだ認識できていないのです。

一方、男子学生はバリバリ働きたい人や独立したい人が多く、自分が稼ぐという意識が強い。そうした価値観をもっていると、将来結婚したときに、妻が仕事を続けることに対し、難色を示すかもしれません。

―― ライフプランとキャッシュフロー表を作成して、学生はどのような感想を持ち、今後自分の人生をどうしていくべきと感じたのでしょうか?

亀坂先生:最初は関係ないと思われがちですが、ライフプランやキャッシュフローを考えることは、ウェルビーイングにも関係があります。女子学生は結婚して仕事を一旦やめたとしても、働き続けるためには資格が重要であると認識してくれたようです。再就職できるような、ある程度稼げる資格やポータブルスキルを身につけようと思うようになりました。女性が働くことについてマイナスなイメージをもっていた男子学生も、女性が働かないと生活が成り立たないと理解する意識改革ができました。

ライフプランやキャッシュフローを国民全員が学び意識改革へとつなげる

―― ライフプランやキャッシュフローを作成しても、人生には思い通りにいかないことがあります。それについて、どう対処すべきだとお考えですか?

亀坂先生:事業経営が困難になったり、病気や怪我で働けなくなったり。そのような場合、親を頼るのが一番です。また、親以外に頼れる人を確保することも重要になります。幸福度の研究においても、困ったときに頼れる人が5人以上いる人は幸福度が高いことが分かっています。5人確保するのが難しくても1人いるだけでも全然違いますね。一人で悩んでどうにもならないと、自殺や精神疾患のリスクが高まるでしょう。イギリスでは孤独対策にも力を入れています。

私が教えている学生の中にも、就職先や起業について両親と意見が合わない学生はいます。そんなときは、親せきや祖父母を頼ってみてはどうかと伝えています。学費やお金の問題に困ったら、市町村の窓口に相談してみてもいいかもしれません。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

亀坂先生:金融全般に言えることですが、学びを深めて、「今まで知らなかったことがこんなにあった」と感じる学生は多いようです。金融リテラシー教育は新たな発見をしながら学んでいく生活の知恵だと思うんですね。こうした発見は学生だけではなく、国民全員に共有されたほうがいいと思っています。女性の働き方を妨げているものが母親や祖母の考え方だとしたら、そのような年代の女性が金融リテラシーを学ぶことによって意識改革にもつながる可能性があります。ひいては、多くの人が赤字にならない幸福な人生を送れるようになるでしょう。


亀坂 安紀子先生のご紹介リンク:
ー 青山学院大学 研究者情報