インタビュー取材にご協力いただいた方
挾本 佳代(はさもと かよ)氏 成蹊大学 経済学部 現代経済学科・教授
津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業後、新潮社に勤務。法政大学大学院に入学し、社会学博士号(法政大学)を取得。成蹊大学経済学部 現代経済学科 教授。『社会システム論と自然』(法政大学出版局、日本社会学史学会賞受賞)、『白洲正子:ひたすら確かなものが見たい』(平凡社)などの著書がある。
ファッションが、環境破壊をしている現状をご存じでしょうか? とくに問題となるのが、短期間のサイクルで流行を回すファストファッションです。私たちが何気なく買っている安くておしゃれな服は、多くの水や農薬を使用し、流行が終わると簡単に廃棄されてしまいます。こうした現状を変えるべく、大手ブランドメーカーも服の生産方法を変えつつあります。
ファッションにおける環境問題とはどのようなことか、ファストファッションがもたらす問題とは何か、消費者が意識すべきこととは。そこで今回、ファッションにおける環境問題に取り組まれてきた成蹊大学の挾本 佳代先生にお話を伺いました。
ファッションの環境問題は女性の労働問題でもある
―― ファッションにおける環境問題は大量廃棄の問題などがあります。他に何が考えられますか?
挾本先生:最近のファッションのサイクルはとても短くなっています。そのサイクルを人の欲望に合わせていくと、どんどん短くなるため、結果として服が大量生産され、大量廃棄されるという問題が起こります。一方で、みんながゴミとして分別しているペットボトルから、再生ポリエステル繊維が生まれるということも環境問題として挙げられますね。
―― 天然繊維だと環境問題は起こらないのでしょうか?
挾本先生:コットンやシルクのような天然繊維は短繊維であり、再生ポリエステル繊維は長繊維です。化学繊維と聞くと、どうしても私たちは「工業的なもの」「天然繊維ではない繊維」と悪いイメージを抱きがちです。しかし、コットンはオーガニックコットン以外、大量の水と大量の農薬を使用して作られる製品です。農薬を使うと、土壌に農薬が浸透し、最終的に地下水も汚染します。ですから、環境問題はそれほど単純ではなく、水質汚染や農薬の使用、大量の水の使用など、さまざまな問題が絡んできます。
―― ファッションには労働環境の悪さも指摘されています。どのような問題があるのでしょうか?
挾本先生:安い服を作っていくためには人件費を抑えなくてはなりません。生産工場の多くは人件費の安いアジア地域にあります。先進国のファッションを支えているのは、低賃金かつ長時間労働が常態化している縫製工場です。そのような縫製工場で働いているのは、ほとんどが女性であるため、ファッションの環境問題は女性問題でもあります。女性労働者たちは男性よりも賃金が安く地位が低いという実態があります。安い賃金で働く労働者がいないと縫製工場は回らず、ファストファッションの工場も支えることができません。ファストファッションを着る場合、安い賃金で働いている人たちのことを踏まえて服を着る必要があります。
学生のファッションに対する意識
―― 今の学生のファッションに対する意識について教えてください
挾本先生:私が学生だったバブルの頃は海外の高級ブランドが流行っていました。それが今、大学のキャンパスを見渡すと、どの学生もユニクロなどのファストファッションブランドを着ています。ユニクロは、安くても流行を捉えているだけではなく、冬は暖かく、夏は涼しいといったような機能的な衣服です。当時の私たちが大学生だった頃と比較すると羨ましいと思います。私たちの時代は、家庭教師のバイト代をすべてファッションにつぎ込んでいましたが、今の学生はわずか数千円の服を買っています。一方で、若者は低賃金の女性たちに下支えされていることを考えて買っているわけではありません。安く、暖かく、そこそこおしゃれに見えて、みんなが着ているから買うわけです。
―― 大学生のファッションについてどんなことを望みますか?
挾本先生:先ほども申し上げたように、コットンの下着やTシャツを製造するには、大量の水と農薬が必要です。オーガニックコットンは、農薬を使わない土地で作られるといったいろいろな条件の基に作られますが、製造費用が高く、普通のユニクロで売られているような千円ほどのTシャツでは無理ですね。では化学繊維だけがいいのかというと、それも違うと思っています。環境問題を考えるには、天然繊維と化学繊維のバランスを考え、極端な方にいかないことが大事です。そこで私はよく授業で言います。「皆さんが着ている服のタグを見ましょう」と。「コットンが何%なのか」「レーヨンが入っているのか」など素材に注意することで環境問題を考えることができるのではないでしょうか。
ファストファッションがもたらす問題
―― とくにファストファッションが環境問題を起こしていると考えられますが、具体的な事例について教えてください
挾本先生: 2013年4月にバングラデシュの首都ダッカの近くの8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」で崩落事故がありました。大変な火災が起きて千人以上が亡くなったのです。当時、「ラナ・プラザ」の中には大小の縫製工場が数多く入っていましたが、多くの女性が劣悪な環境で働いていました。例えば非常口がなかったり、ドアが一つしかなかったり。そのような狭い空間の中で働いていたために、事故が起きたときに彼女たちは逃げることができませんでした。私たちはパリコレやレッドカーペットでポーズをとる女優たちからファッションの輝かしい面を見ています。一方で、ファッションを支える「ラナ・プラザ」で、そうした服を作っている女性たちが亡くなるという負の側面も知りました。
―― 事故から得た教訓はあるのでしょうか?
挾本先生:「ラナ・プラザ」で作られているほとんどの服はファストファッションでした。そこで、ZARAやH&M、ユニクロを始めとしたファッションメーカー220社が集まり、協定に署名をしました。内容は、「縫製工場でできるだけ火災が起きないようにする」「劣悪な環境にならないようにする」といったものでした。ただし、ファストファッションを支えているのが、そうした縫製工場であることを考えると、課題はまだ解決されていないと思います。
私が教えている一部の学生も、あの事件にはショックを受けて、洋服を買うのをためらったほどです。ファストファッションが安い人件費によって作られ、薄利多売で売られる実態を知り、自分たちもそれに加担しているのではないかと考えたようでした。「事故が起きないことも大切だけれど、自分たちが服を買い続けている限り、このような劣悪な環境はなくならない、そうだとしたら怖い」と言っている学生もいましたね。当時、海外のニュースではこの事故を長い期間にわたって報道していましたが、日本ではほとんど報道されていません。ですから問題意識も起きないわけです。
―― ファストファッションの問題から、私たちは何を意識すべきなのでしょうか?
挾本先生:現在、ファッションの流行は短期間で作られています。SNSでインフルエンサーが流行りの服を発信すると、「私も流行に敏感でありたい」という購買意欲を刺激するわけです。ファストファッションによっては、縫製があまりよくない場合もあります。しかし、ファストファッションだからいいと服を捨てることにためらいがなく、次のトレンドを追いかけてしまう人が多くなってしまうのかもしれません。私たちのこうした欲がすべて環境問題につながっているんですね。
安い値段の服を作るためには安い人件費が必要です。しかし現在の日本では、安い人件費で働く人はあまりいないのかもしれません。そうなると、メーカーは安い服を作るためには、安い海外の縫製工場に出さざるを得ないのです。ですから、ファストファッションをいいと思うことは、海外の安い人件費の縫製工場を肯定することにもつながります。
国内にも高い人件費によって、いい技術をもっている縫製工場があります。品質のいいブランドを買わないと、国内の縫製工場も存続できなくなります。縫製工場がなくなると、国内での縫製は不可能になり、品質のいいブランドも成り立たなくなるでしょう。その結果、私たちは海外の安い縫製工場に下支えされているファッションしか買えなくなるのです。ですから、技術があるため人件費は高くとも値段の高い、国内の縫製工場で作られている洋服を私たちも買わなくてはなりません。そういう意識をもつべきだと思いますね。
サステナブルファッションで環境問題に対応する
―― ファッションの環境問題に対し、企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか?
挾本先生:分かりやすい例ですと、ユニクロは、店舗に回収ボックスを用意して、リサイクルを行っています。例えば、難民キャンプや国内の被災地でリユースした服を使っていますね。ボロボロな服は焼却して燃料にしているようです。ユニクロだけではなく、多くの企業が同様なことをしています。ファッションメーカーも、本音は新しいトレンドのものを多くの人が買ってくれることを望んでいるのだと思いますが、今やファッションと環境問題を切り分けることはできません。だから、少しでも自分たちのデザインしたものを長く着てください、と表向きには言わざるを得ないのです。「たくさん服を買ってくれれば、ゴミとなって捨てられてもいい」という時代ではなくなっています。
―― サステナブルファッションの実現のため、個人でできること、企業ができることには何がありますか?
挾本先生:イトキンやレリアンといった国内大手ブランドメーカーのECサイトを閲覧すると、手洗いできる服が多く売られるようになっています。クリーニングに行く手間やコストがかかりませんし、洗っても縮まないという特徴があります。吊るしておけば、アイロンがいらない服もありますね。ファストファッションより高いかもしれませんが、洗える服は、クリーニングで生地が傷むこともなく長く着ることが可能です。このように、国内企業もサステナブルファッションにシフトしているのではないでしょうか。クリーニングの溶剤も水で流すことを考えると、環境への悪影響も懸念されます。洗える洋服を購入し、長く楽しむことで、短いサイクルのファストファッションに手を出さずに済むようになるのではないでしょうか。
消費者が意識すべきこと
―― 消費者はファッションの環境問題に対し、どのようなことに気をつけるべきでしょうか?
挾本先生:大上段に構えて、「環境にいいことをしよう」と言い続けるのは、疲れますよね。例えば海外の縫製工場の従業員の労働時間、彼らの賃金、日本への輸送経路、値段などを毎日考慮しながら、「今日は何を着ようか」「何を買うのか」と考えるのは現実的ではありません。リサイクルを簡単に行うなら、古着を活用するのが一番手軽でしょう。そのほか、自分が着た洋服を他人に譲ったり、リサイクルショップに売却したりという方法もできます。そんな風に服を長持ちさせることを考えることが私は一番大切ではないかと思っています。
―― 消費者はつい、インフルエンサーの発信に流されがちですが、これをどう捉えるべきでしょうか?
挾本先生:「みんなが着ているから」「あのインフルエンサーが言っていたから」「あの芸能人が着ていたから」というところに全部乗ると、ファストファッションの渦の中に入ったまま、出られないでしょう。流行りには乗らず、自分に合ったものを長く着る勇気をもつことが必要だと思います。若い人には難しいかもしれませんが、ブランドとコラボして情報発信するインフルエンサーの意見に左右されず、自分の意志をもつことが、ファッションと環境問題においては大事です。
―― 流行に流されないためには、ファッションにうるさい人たちと距離を取ることも必要なのでしょうか?
挾本先生:パーティなどで着物を着ている人たちに対し、「その着物の着方が悪い」「この柄が流行ったのは昭和の初期だから、今の流行ではない」と他人の着物に難癖をつける「着物警察」がいます。私の友人もたまたま、パーティに行って「着物警察」に遭遇しました。「着物警察」には富裕層の人が多く、何百万円もするような着物を着ていきます。普通の人はそんな余裕はないので、レンタルで着物を用意するわけです。すると、「着物警察」から「レンタルの着物を着てるわね」と言われてしまうそうです。
これは着物の問題だけではありません。海外のフォーマルなパーティに出ると、女性はほぼ胸の谷間を堂々と見せて、下手をすると裸に近いようなドレスを着ています。そのような恰好を日本においてもパーティですべきだと考える「ドレス警察」もいます。そのような方たちは常に最新のファッションを良しとしているので、古いドレスは売ってしまうか捨ててしまうのだと思います。まさにこれも環境に悪影響を与えるようなパターンでしょうね。ファストファッションにばかり目がいきがちですが、そのような例もあります。
自分の買える範囲で長く着れるものを買う
―― 今後地球単位では人口増が見込まれます。そのうえで「ファッションのあり方」をどう捉えるべきでしょうか?
挾本先生:人口増加が著しい国の人たちがファストファッションを着始めた場合、グローバル化でいろいろな情報が入ってくるため、人間の中にある「短期的なトレンドの服を着たい」という欲望を止めることはできません。ただし、環境問題を分かってきている先進国の人ならば、「おしゃれをしたい」「人とは違うものを着たい」という欲望からの戦いに対し、一歩距離を置くことができると思います。しかし、私たち日本人も「毎年新しいデザインと新しいトレンドのものを必ず取り入れた服を着なければいけない」という強迫観念のようなものがあるのではないでしょうか。
以前、『フランス人は10着しか服を持たない』という本が大ヒットしましたが、それを授業でも取り上げたことがあります。フランスは、ファッション産業の国ですが、実はあまり流行に振り回されることなく10着で着回していく誇りを持っているわけです。一方、日本人はファストファッションを回して服を着ている人が多いですね。あの本が売れた背景には、環境問題があると思っています。トレンドに左右されずに自分の好きなデザインや自分の好きなものを着ると考えたら、10着でいいわけです。著者はフランスに留学したアメリカ人の女性ですが、いかに自分がたくさん服を持っているかを自覚し、毎年新しい服を買っていることが恥ずかしくなったようです。ですから、どんな服が流行ろうが、どんなインフルエンサーが言おうが、左右されない自分でいることが成熟した先進国の日本人が取るべき道だと思いますね。
―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
挾本先生:ファッション業界において、経済システムがグローバル化していく中では、トレンドや流行が発信されてしまうのを止めることはできません。しかし、「自分はどういうデザインやトレンドが好きか」「どんな色が自分は似合っているのか」といったことを少しでもいいから考えてほしいですね。また洋服を買うときには、ブランドメーカーの縫製工場が国内にあるのかどうかも公式サイトでチェックしたほうがいいと思います。国内ブランドメーカーが委託する国内の縫製工場維持のためには、ファストファッションの短期的な渦に巻き込まれず、多少高くても、そうしたメーカーのものを買う必要があります。「インフルエンサーが言っていたから」「ファストファッションが安いから」ではなく、自分の買える範囲で長く着れるものを買うことが大事です。着物警察やドレス警察が何と言おうが、自分の中に軸をもって、ファッションと環境問題を考えられる人がこれからは増えていって欲しいと願っています。
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