なぜパーパス経営で失敗をするのか?成功へのカギは経営層と従業員のコミュニケーション|古川 裕康 氏

古川 裕康(ふるかわ ひろやす)氏 明治大学 経済学部 准教授

インタビュー取材にご協力いただいた方

古川 裕康(ふるかわ ひろやす)氏 明治大学 経済学部 准教授

博士(経営学)。2022年より現職。日経広告研究所客員。『グローバル・ブランド・イメージ戦略』(白桃書房)、『グローバル・マーケティング論』(文眞堂)などの著書がある。

昨今、多くの企業がパーパス経営を行うようになりました。しかし、実際にパーパスを策定しても、社員への浸透度が低く、失敗に終わる企業は少なくありません。成功するどころか、パーパス経営によって、経営者側と従業員側に軋轢が生じた例もあります。パーパス経営とはどのようなことか、なぜ従業員に浸透させることが難しいのか、パーパス経営を成功させるための3つのステップとは。そこで今回、グローバル・マーケティングの分野からパーパス経営の研究に取り組まれてきた明治大学の古川 裕康先生にお話を伺いました。

消費者や顧客、従業員を魅了している企業はパーパス経営を行っている

―― パーパス経営とは具体的にどのようなものですか?

古川先生:私はグローバル・マーケティングという分野から国際展開している企業を研究対象としてきましたが、消費者や顧客、従業員を魅了している企業は、軸を持って展開している点が共通点であることが分かってきています。では、「その軸は何か?」を突き詰めて考えていくと、パーパスが大きく関係しているんですね。目的地が分からなければ、行くための手段も決まりません。企業の経営活動もまさにこれが当てはまると言えます。パーパス経営とは目的地を決めて、それに沿った計画準備をして経営活動に反映させていくことです。現在はダイナミックに世の中が変化しているため、企業は失敗も多く経験します。「失敗を修正しながら、目的地はちゃんと目指していく」、それがパーパス経営においては大事なポイントです。

昨今はESGや社会的責任が叫ばれ、それを重視する企業が求められるようになりました。企業は、自分たちの目的が社会にどのようなインパクトを与えるのか、考慮しているのかを考える必要があります。

―― 大企業はパーパス経営に取り組みやすいと思いますが、中小企業の場合、いかがでしょうか?

古川先生:仮説ベースですが、私は中小企業の方がまだ取り組みやすいのではないかと思っています。なぜなら中小企業は組織が比較的小さいので、パーパスを作ってそれを浸透させるプロセスが比較的容易だからです。大企業の場合、パーパスを作っても、それを末端までに浸透させるには、労力と時間がかかります。

―― 中小企業がパーパス経営をすると、どのような効果があるのでしょうか?

古川先生:一昨年、30社以上の企業を調査しましたが、パーパス経営(そのような言葉を使っていなくとも本質的に同様の取り組み)をしている中小企業が結構ありました。例えば大阪の宮田運輸という中小企業があります。ただものを運ぶのではなくて、お客様の思いや気持ちを運んでいることを念頭に置いている企業です。トラックの荷台のところに自社の宣伝ではなく、子どもの絵を飾っているのが特徴です。科学的にも、子どもの絵を見た他のドライバーの心が和むというのは明らかになっています。その結果、ドライバー自身も、運転が丁寧になり、事故や煽り運転が減ったり、離職率が下がったりするという効果が出ています。このように、中小企業にもパーパス経営は良い影響を与えているのです。

―― なぜパーパス経営が世界で大事だと言われているのでしょうか?

古川先生:日本人は、社会貢献や環境配慮にちょっと疎い傾向があることが、データから明確に分かっています。グローバルで見ると環境、社会、ガバナンスへの意識が高まっているのに、日本人はかなり遅れているんですね。「社会貢献は偽善行為だ」とか「売上に全くつながらない」と思っている人が結構います。ただし、現代は企業が国内だけで経営をしていくことは不可能です。グローバルのトレンドに沿った経営行動をしていかないと、長期的には収益構造や競争理由が保てないでしょう。パーパスや社会貢献もそうですが、海外の基準を据えていかないと、国際的な競争では淘汰されてしまいます。

従業員に浸透させることが難しいというパーパスの課題

―― パーパス経営は定性的なイメージがありますが、どのように定量化するのでしょうか?

古川先生:企業において、パーパス経営の浸透度は、4つの段階で測定することができます。①認知をしているのか②それにポジティブな考えを持っているのか③共感しているのか④信頼が生まれているのかといった点です。約二年前に、海外の学術論文誌に掲載しましたが、経営者が自社の考え方や価値観を顧客に提供し、アピールした場合、どのような消費者反応が起きるのかについて日米で測定しています。自社の考えや価値観、信念が伝わっている消費者とそうではない消費者、あるいは、それに対して共感を持っている消費者とそうではない消費者で、彼らの購買行動がどのように変わっていくのかを観察しました。その結果、考え、価値観、信念の浸透度によって消費者の行動が変わることが判明したのです。また消費者が「CEOの顔を知る」「CEOの発言を聞く」「CEOに共感する」によっても、商品への購買意欲につながることが分かりました。

―― 経営者が表舞台に立つ方が効果はあるということでしょうか?

古川先生:例えばある世界的な企業は広報部門を解散しマーケティングも基本的にはアピールをしません。その企業のCEOはXで発言するのが一番効果的で効率的な広報だと考えています。また別の世界的な企業のCEOは表に立つのが苦手な人です。しかし、今後の世界では、CEOが表舞台に立つ必要があると認識はしているんですね。そこで、1日30分~1時間をプレゼンテーションの練習に当てて、自分の考えや想いをアピールできるような取り組みをしているそうです。今後、企業のトップが表舞台に立ってアピールすることは大事になってくると思います。

―― 経営者の意識が高くても、一般の従業員は社会貢献や環境についての意識が低いのではないでしょうか?

古川先生:特に日本企業の多くの失敗事例に共通するところが、絵に描いた餅で終わってしまうことです。従業員は経営者がパーパスについて語っても「社長や役員がまた何か新しいことを言い始めた」という認識を持つことがあり、温度差があります。パーパスを浸透させ、全体が同じ方向を向かないと、失敗に終わってしまうでしょう。要は絵空事と捉えられてしまっている事例が極めて多すぎるのです。経営陣と現場で乖離が発生する場合がとても多く、課題や障害になっています。その結果、パーパスを策定しただけで何も変わらなくなってしまいます。むしろ「経営陣が都合のいいことを言っていて、我々に何かを強制しようとしている」と反発も生まれるリスクもありますね。ですから、反発を起こさせないようにするための取り組みを事前に想定して、実践していく必要があると思います。

利益を求めるためには、利益だけを求めてはいけない

―― パーパス経営が失敗した事例を教えてください

古川先生:ある企業は2021年にパーパスを掲げ安全安心を謳っていました。しかし、ニュースでも話題になった別企業の不正に関わっていたことが分かったのです。社内からもかなり反発の声が上がっていたと聞いています。パーパスを叫んでいたけれども、結局、問題を起こし、倫理を蔑ろにして利益を選んでしまった。パーパスは単なる見せかけだったのではないかと。特にパーパスを取り入れた多くの企業は、結局、「パーパス経営」にまで至っていないのです。

パーパスは自社について信念を持ち、実際の経営行動や態度、そして商品展開にまで反映させられるかが、成功できるかどうかの分かれ目だと思っています。

―― パーパス経営を浸透させるためにはウェルビーイングを意識することも重要ではないでしょうか?

古川先生:ウェルビーイングを意識した例として、職場を幸せにするアプリ「ハピネスプラネット」を活用した日立製作所の例があります。日立製作所では、パーパスの中にウェルビーイングを設定し、幸せを感じている社員がどれ程いるのかを定量化し、科学的に測定しています。独自の測定技術を使い、社員が歩いた量や通話時間などのデータを集め、幸せ度合いを定量化して、幸せの足りない人たちをフォローアップしていく取り組みです。

―― パーパス経営において大事な点について教えてください

古川先生:新型コロナウイルス感染症が流行していたとき、特に欧州を中心に、自社の利益だけを追求する企業の不買運動やバッシングが起きました。日本ではそんなに多くはなかったですけれど、そうした動きが世界中で拡大し、自分の利益を求める人間や自社の利益だけを追求する企業に対してネガティブな印象を持つ人が増えたことが分かっています。一方で、利益も大事だけれど、他の人にも還元するような人をサポートしようとするような考え方や行動が生まれてきました。つまり、利益を生み出すと同時に、世の中に自分たちの価値を還元することが回り回って長期的な利益につながっていくようになったのです。この動きはこれまでも存在していましたが、新型コロナウイルス感染症を経てさらに活発化するようになりました。利益を求めるためには、利益だけを求めていてはいけないという、ちょっとパラドクシカルな状況が今の世の中にはあります。

パーパス経営を成功させるための3つのステップ

―― パーパス経営を成功させるために、企業はどのようなステップを踏むべきですか?まずは1つ目のステップから教えてください。

古川先生:最初のステップは、トップがどのような考え方を持っているのか、掲げられた1行2行の話だけではなくて、それに対する解釈や普段の行動、それに関連づけた内容をちゃんとコミュニケーションできているかが重要だと考えています。特に最近ではSNSを使っているCEOも増えてきていますが、調査によると、CEOのSNS投稿を見ている人の多くが実は自社の社員だということが分かっています。社員は社長の顔や発言にあまり触れる機会がありません。そのため、SNSでフォローして、自社のトップの考えや発言をモニタリングしています。SNSがすべてではありませんが、様々な媒体を使い、経営者による発信が非常に大事になってきています。

―― 経営者が発信をして成功している例としてどのようなものがありますか?

古川先生:「当社の社長は雇われ社長で、プレゼンも下手だし、SNSに出すと何を言うか分からないから、絶対にそんなことはできません」というご意見も頂戴します。そこを踏まえてご紹介したいのがトヨタの例です。当時社長だった豊田章男氏は、SNSでよく発信をしていましたが、同時にオウンドメディア「トヨタイムズ」でも発信していました。トヨタイムズは、いろいろな内容を発信していますが、社長の考え方や意識についても、かなりページを割いています。きちんと編集者がチェックした上で配信しているので、参考になるかと思っています。

―― 2つ目のステップを教えてください

古川先生:いかにして商品までパーパスを反映させるかを考えなくてはなりません。パーパスとは非常に抽象的なものです。そこでパーパスをビジョンにして、ビジョンをコンセプトにして、そのコンセプトを具体的な商品に反映させます。こちらは商品やサービスを考えるプロセスにも関連してきます。自分たちの目指しているところはどこなのか、という原点に立ち返る機会ができるため、社員への浸透にも寄与することが可能です。

―― 3つ目のステップを教えてください

古川先生:顧客にパーパスが伝わっているかを測定していきます。もし伝わっていないのであれば、伝え方を変えながら伝え続けていきます。社内が万全になるのは大事ですが、それが顧客や消費者に伝わっていなければ結局、収益や利益を向上させることは難しいでしょう。そのため、対外的にパーパスを伝えていく手段を考えることが大事です。パーパスはなかなか変更できませんが、パーパスを軸にしながら、コンセプトは少しずつ修正ができます。顧客に最も響くようなコンセプトに仕立て上げることも大事な価値づくりのポイントです。

パーパス経営によって国際競争力も得られる

―― パーパス経営が従業員の意識の変化など、企業文化に与える影響について教えてください

古川先生:先ほどの定量化にも関係しますが、従業員がパーパスを知り、ポジティブな態度ができて共感を覚え、信頼まで醸成されていくと、企業へのコミットメントが大きく高まります。自分たちが何のために働いているのかをよく理解することになりますので、パフォーマンスも上がりますし、離職率の低下にもつながりますね。パーパスを理解することで、今まではよく分からなかった社内ルールの理解にもつながる事があり、社内文化が浸透していくという側面もあります。

一方で、パーパスには関係しないような社内文化は淘汰され適正になっていく効果もあります。つまり、社内企業文化のガバナンスが効いてきます。そもそもパーパスは、役員層と現場の風通しが良くないと浸透すらしません。ですから、風通しを良くすることが前提になります。実際にパーパス経営で成功している企業は、とくに中小企業では顕著なのですが、社長が現場に顔を出して社員とコミュニケーションを取っていますね。パーパスという言葉は使わなくても、ちゃんと目的地を明確にしてそれに沿った経営をしていくことによって、国際的に競争できる力も得られるのではないかと思っています。

―― パーパス経営を実践している企業の具体的な成功事例を教えてください

古川先生:日本における一番の成功事例はソニーだと考えています。業績の厳しいときに社長に就任した吉田憲一郎氏は模範的なパーパス経営を行っています。吉田氏が就任直後に行った重要事項は、コスト削減や組織改編ではなく、パーパスを第一に整備することでした。吉田氏がパーパスに力を入れた背景には、ソニーの方向性がブレていたことがあります。大企業ですから、音楽やエレクトロニクスなど、様々な事業を行っていたわけです。業績悪化の主要な原因は、それぞれの方向性がまとまっていないことでした。そこでパーパス策定に数年をかけて、その後パーパスを浸透させていきました。少し前の調査によると、多くの人たちがソニーのパーパスに肯定的な印象を持っているというデータも出ています。その後は業績も回復し、世界的な販売量も回復するようになりました。パーパスがどれほどの影響力を持っていたかについては詳細な検証をしてみなければ分かりませんが、少なからず何らかの影響力は持っているのは確かではないでしょうか。

その他の事例には、従業員一人ひとりが自分達の目標と自社のパーパスの共通点を少しずつ考える取り組みを行う「マイパーパス」の取り組みを行っている味の素、企業パーパスの社外発信を行ったパナソニックコネクトなどがあります。静岡県の「炭焼きレストランさわやか」は中小企業の代表的な例です。創業者の考え方や価値観をサービスに反映させようと努力しています。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

古川先生:私は人間一人ひとりの行動がまさにパーパス経営と関連しているところがあると思っています。言葉だけの人間には誰もついてきません。それをちゃんと実行して努力しているからこそ魅力が生まれるのではないでしょうか。マーケティング活動や社内のコミュニケーション、顧客をどのように惹きつけていくのかが分かると、取るべきアクションが見えてきます。競合企業とは異なる価値観も競争優位性として見つけることができるようになるでしょう。パーバスは一見、きれいごとかもしれませんが、それに情熱をかけた人がいるわけです。世の中が急激に変化しているため、変化への対応も求められますが、一方で、軸が一本通っている企業に人は魅力を感じるのではないかと思っています。



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