インタビュー取材にご協力いただいた方
天野 了一(あまの りょういち)氏(通称:あまやん) 四天王寺大学 経営学部・教授
公益社団法人 関西経済連合会・IIS新事業創出機構、公益財団法人 関西文化学術研究都市推進機構を経て現職。 ベンチャー起業、産学連携、起業教育、地域産業、商品論等を専門とする。産学連携・インキュベーションマネヂャーとしての長年の経験から、ビヂネスプロデューサー/起業コンサルタントとしてノベーション・システム研究所を設立、特殊トウガラシ栽培による農村地域活性化プロジェクトなども推進。特に、学生起業家や若手起業家の育成・輩出に注力し、藤井寺市内に個人で起業支援施設「チャレンヂパーク De La Shula(デラドーム)」、商店街に大学の産学地域交流施設「エリアデザイン・ラボ」を運営し、産学連携や学生の参画による地域ブランド向上、新事業創出、ビヂネスコーディネートなどを精力的に展開している。
四天王寺大学の天野了一教授は、羽曳野・藤井寺市を中心とした大阪の南河内エリアで、地域イノベーションと学生起業家の育成に取り組んでいます。激辛唐辛子栽培や、古民家での缶ジュース、ソフビ人形の展示会、キッチンカー起業などユニークな実践を重ねる一方、大人たちの「常識や凝り固まった考え」が挑戦の壁になると指摘します。
本インタビューでは、地域の「誇り」「魅力」の再発見から、世代を超えたアントレプレナーシップ(起業家精神)を育てる取り組みや、「空間・人・時間・ストーリー」を軸にした持続可能な地域づくりのヒントを紹介。「地域こそリアルで可能性に満ちた教室」と語る天野教授が描く、「訪れてよし、住んでよし、そして、起業してよし」の「三方よし」地域のビジョンに迫ります。
世界遺産の古墳群だけじゃない!「伝説」や「ユニークな特産品」を擁する羽曳野市・藤井寺市の「埋蔵された魅力」
―― 四天王寺大学がある羽曳野市の特徴について教えてください
天野先生:羽曳野市・藤井寺市は、世界遺産に登録された応神天皇陵、仲哀天皇陵などを含む百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)を有する、古事記や日本書紀からの歴史ある地域です。しかし、古墳群はアクセスの不便さや駐車場の不足、そして外観が「ただの山」に見えてしまうことなどから、その魅力を十分に発信しきれていないという課題があります。
羽曳野市はブドウ、イチヂクや、食肉産業など豊かな農産物・グルメ資源に恵まれています。市名は、伝説の英雄・ヤマトタケルが白鳥となって羽根を曳き飛び立ったという物語に由来。奈良県との県境に位置する二上山や、奈良へと続く竹之内街道など、奈良とのつながりも深い地域です。藤井寺市は、菅原道真ゆかりの道明寺があり、豊臣氏が滅亡した大坂夏の陣の舞台でもあります。葛井寺(ふぢいでら)には日本で唯一の、本当に手が千本以上ある国宝の千手観音、津堂城山、古室山、鍋塚など大小の頂上に登れる古墳もあります。みんなで古墳に登ったり、チャンバラのイベントなども行ったりと、学生といろいろ活動しています。

―― 有名なチョーヤ梅酒の工場も羽曳野市にあります
天野先生:羽曳野市には、生食用ブドウやワインのほか、ブドウを原料としたブランデー由来の梅酒を製造するチョーヤ梅酒の工場があります。そこの県境の二上山(にじょうさん)には蝶々がたくさん飛んでおり、石器時代の矢尻がみつかったことがその名の由来で、梅自体は和歌山産ではあるものの、羽曳野の名産品として世界で人気です。
また、VIPカー用品メーカーや、国内で唯一跳び箱を製作している職人がいるなど、独自の産業や人材が根付いています。藤井寺市は、赤ちゃんから食べられる「乳ボーロ」の生産日本一で、最近ではなんと鰻の陸上養殖がはじまり、「美陵うなぎ」と命名、大阪万博でも大好評を博しました。ご当地グルメとしては石鹸用の油をとったホルモンである「あぶらかす」「かすうどん」などが知られています。こうした地域資源を掘り起こし、住民が誇りを持てるようにし、観光誘致へとつなげたいと考えています。
南河内の眠れる資源を発掘! 古い建物と個人の情熱が結びついた地域活性化の成功事例
―― 先生が推進されている大阪・南河内エリアでの地域連携プロジェクトや起業支援について、特に成功した事例について教えてください
天野先生:羽曳野・藤井寺のような「中途半端な郊外」で、「この街は変わらない」と諦めている人が多い中、地域連携プロジェクトでは、地域に貢献できそうなことは、NPOや行政とも連携して、何でもやりますね。築100年近い古民家や昭和の商店街の店舗の再生、魅力化も地域NPOともに進めています。リノベーションを行った場所は学生も参画し、地域の交流サロン、アートスペース、古書店、ヒーリングスペースとして活用されています。
例えば、私は高校時代から、地方や銭湯などで飲んだ珍しいジュースの缶をずっと自宅の押し入れなどに秘蔵し続けていましたが、家を手放すことになり、最後にそのコレクションを多くの人に見てもらおうと、土師の里という場所の元庄屋、村長宅の古民家で展示会を開きました。ジュースは、それを飲むために出かける人はいませんが、飲んだ場所、さまざまな青春や人生の思い出を呼び起こす「脇役」のような存在です。1000個のレトロ缶や、当時のCMの展示を通じて、来場者にも過去の記憶やデザインの面白さを古民家の雰囲気とともに感じてもらいたいと思いました。

それを見て、卒業生の起業家も立ち上がり、ウルトラマンや仮面ライダーなどのソフトビニール人形(ソフビ)の展示販売会もそこで実施。大人から子供まで大盛況で、全国各地をまわることになりました。古民家とレトログッズはマッチし、全く知らない世代にも新しさがあります。これからも多くの学生や若者に、様々に、思いもつかないネタで活用してもらいたいです。

―― 地域連携プロジェクトにおいて苦労された点をお聞かせください
天野先生:学生や地域起業家のプロジェクトの中には、家賃など固定費や、収益化の難しさから撤退に至るなど、資金面で立ち行かなくなるケースもあります。しかし私は、事業の失敗などは「人生においての失敗ではない」と考えています。失敗しても挑戦し続けること、大きくコケさえしなければよいのです。収益化が難しい場合でも、挑戦を通じて、起業家には自信が生まれて、場所での「面白いこと」を積みかさなり、地域から「変わったことをやっている」「自分も次挑戦してみようか」との連鎖がおき、ユニークな場所になっていけばよいと思っていますね。
「挑戦しない日本文化」と「応援なき社会」が壁! 地域を変える鍵は「ストーリー」
―― 現在、日本の地域社会がイノベーションを推進する上で抱えている最大の課題は何だとお考えですか?
天野先生:イノベーションや新しい挑戦を阻む最大の要因は、日本文化に根付く保守的、真面目すぎる気質にあると考えています。これまでは既存の型にはまったことを、地に足をつけて着実に行う姿勢が、うまく機能してきましたが、想像もしなかった前提の出現、例えばAIやITによるビジネスモデルの変革など、変化の激しい現代では逆効果になりつつあります。「新しい変化を望まず、白い飯を丁寧に炊く」という国民性、「言われたことだけをきちんとやれ」「とんがったこと、教えられていないことはするな」「出る杭は打たれるぞ」と教える義務教育以来の仕組みが、若者たちの新しい挑戦を阻害しているのではないでしょうか。
その結果、新しいことに挑戦し、変革を先導する人々を支援する仕組みやマインドが社会に欠如しています。チャレンジャーを冷遇し、足を引っ張ったりするような社会の風潮を打破し、金銭的な支援だけでなく、挑戦者を地域で応援し支える仲間づくりや仕組み、アントレプレナーシップの構築こそが必要です。
例えば大学でも、有名企業や公務員への就職が奨励される一方で、地域で起業したい学生や、海外で一発当てたい、動画配信やSNSで稼ぎたい学生、投資家、政治家や作家などを目指したいなど、尖った、ユニークな学生たちは周囲から冷遇され、私のところによくアドバイスや助けを求めにきます。就職指導も大事だけれど、彼らこそ伸ばさねば、地域、そして日本がどんどんつまらなくなります。そのため、大学ではビジネスプランコンテストを開催、メンターにつなぎ、学生たちの想いをバックアップしていますね。

―― 地域イノベーションを継続的に進めていくための「持続可能な仕組み」や「成功の条件」について、先生のお考えをお聞かせください
天野先生:地域活性化を持続させるために欠かせないのは、その「空間」における「人」×「時間」×「ストーリー」の三要素です。まず「人」は、挑戦を一人で終わらせず、立場や世代を超えた多様な人々、特に、たまたま大学に集った若者が参画し盛り上げていくこと。「時間」は、大学生の4年間を中心に、みなが入れ替わり立ち替わり知恵、力、金を出しあい、活動を次世代へ連鎖していくことです。
そして最も重要な「ストーリー」とは、地域固有の「らしさ」や「オリジナリティ」を掘り起こし、活動と結びつけることです。歴史に関するものでも、現代のものでも構いません。私のチームでは、羽曳野に伝わる白鳥伝説をモチーフにした「白鳥輪投げ」や、藤井寺の重要文化財である、水鳥埴輪にヒントを得た「あひるすくい」、世界遺産の古墳にからめて、埴輪のハリボテを作成、「はにわアーチェリー」など、地域のイベントで学生が企画します。 こじつけであっても、「既存の物語」に「新しい何か」を掛け合わせることで、地域活動に独自の意味と魅力を与えます。活動を経験した若者たちは、卒業後も、自分の住む街で、まちづくりに取り組みはじめることに期待しています。
20年後を見据えた教育戦略! 地域に「知恵と希望」を供給する大学のサバイバル術
―― 地域イノベーションにおける大学の役割、特に四天王寺大学や天野ゼミが果たしている独自の貢献は何でしょうか?
天野先生:文系主体の中堅規模の教育型私立大学が生き残るためには、日本全国を視野にいれるよりも、近隣エリアに根ざし、地元密着の地域社会への貢献に重点を置くことが重要ではないでしょうか。具体的には、地域に住み、地域で知見を生かし活躍、起業できる人材を育成・輩出することを目指しています。四天王寺大学は、開祖である聖徳太子の「和の精神」の実践をモットーにしています。これにはいろいろな解釈がありますが、特に大切にしているのは「利他の精神」。地域ボランティアなどに取り組み、地域の人に喜んでもらい、自分たちも楽しみながら活動していますね。

そのための施設として、藤井寺の商店街に、今年2025年末に「エリアデザイン・ラボ」を藤井寺の商店街に新たに立ち上げました。撤退した古い店舗のシャッターを開け、自らペンキを塗ったり、金槌やノコギリを手にリノベーションしたり、経営、教育、福祉など、さまざまな学部、学科の学生や教員が、それぞれの領域で地域と関わり合いながら活動を行う拠点となります。
天野ゼミでは、座学による理論学習よりも、「体験」と「行動」を重視しています。大学で学ぶ理論は、時間が経つと忘れがちです。私自身も、大学時代の教室で先生が喋ったことなど、何一つ覚えていません。しかし、仲間との共同作業や地域での活動といったノウハウや、経験として一生残り、自信ができ、人としての成長につながります。そして経営学部の特徴とすべきは、学んだ理論をもとに、実際にビジネスを体験、起業してみることです。そのために学生には、地域に飛び込み、いろいろな人と交流しながら具体的な活動に取り組み、学びを行動へとつなげ、収益もあげることを実践させています。
―― 卒業後に学生にどのようなことを期待されていますか?
天野先生:学生たちには、卒業後、大学で得た経験を出身地域に持ち帰り、サラリーマン化や、マンション化で希薄になった地域のつながりを再構築し、地域を魅力的にする担い手になってほしいと願っています。自分の住む地域の歴史、地名の由来や、そこの名物すら知らない、知り合いがいない、そんな社会を打破し、地域で起業したり、新しい取り組みを始めたりする若者が育つことを期待しています。
「生活のために、会社でなんとなく働く」生き方ではなく、「地域での自分の好きな働きを希望や生きがいにつなげる」そんな若者を増やしていきたいです。それによって、若者たちが「自分らしい生き方」を実現するとともに、活力と魅力あふれる、地域と新しい日本が再生していくものと思います。
社会人が脱サラして起業を志すと、周囲から厳しい目を向けられがちです。しかし、学生が「地域のために何かしたい」「夢を叶えるおもしろいことをしたい」と立ち上がると、多くの人が応援してくれる。それこそが、学生ならではの大きな強みです。そうした経験を通じて成長した学生が、卒業後、地域とともに歩み、地域を支える人材、リーダーへと成長していくことを期待しています。

「よそ者・若者×地域の誇り」 内なる価値の再発見が未来を変える
―― 地域イノベーションを継続的に進めていくための「持続可能な仕組み」や「成功の条件」について、先生のお考えをお聞かせください
天野先生:地域イノベーションの成功や持続には、王道のメソッドがあるわけでもなく、人によりアプローチも違いますが、単に地域に新しい人、もの、金を持ち込むだけではなく、すでに存在する価値を再発見することが重要と思いますね。日本のどの地域にも、昔から存在する文化、人のつながり、風土、誇りがあります。眠っているポテンシャルに光を当て、既存の要素に新しいアイディアを組み合わせることで、新しい風を地域に起こし、イノベーションを生み出せると考えています。全国の地方都市が、大資本の進出などで同じようになっていく中で、地域の人さえ気づいていない価値を見出し、みんなでで育てていきたいです。
それには、地域内の大学や研究室がハブとしての役割を果たし、敷居が低い、いや全くない場所としてさまざまな人が出入りし知恵を出し合うことで、地域が輝き始めることができます。「よそ者」「若者」「馬鹿者」などの変革者を発掘・育成し、地域と結びつけることで、人のこころが通う、温かい動きを生み出し、イノベーションへとつながるのではないでしょうか。商店街のエリアデザイン・ラボはまさにそのような場所を目指しています。
―― 先生は、アントレプレナーシップ(起業家精神)が地域イノベーションに果たす役割をどのように捉えていらっしゃいますか?
天野先生:私が考えるアントレプレナーシップとは、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスク、ソフトバンクの孫氏やユニクロの柳井氏のようなすごい起業家だけを指すのではなく、自分の力を信じて踏み出す勇気や、好奇心のことととらえます。それは小学生から社会人、公務員、引退した人まで、誰もが持つべきものだと考えています。特に地域では、地域課題を「自分ごと」として捉え、それぞれの立場から、失敗を恐れずに挑戦する一歩一歩が重要です。そうしたいろいろな人の小さな挑戦の積み重ねが、地域に新しい火を灯し、地域イノベーションを実現すると考えています。
天野ゼミでは、学生が地域起業家として活躍できるよう、有名企業への就職だけにとらわれず、自分らしい生き方を推奨し、さまざまな挑戦を支援しています。たとえば、中古トラックに自らペンキを塗り改造して、たこ焼き屋を始める学生、ウルトラマンなどのソフビ人形のコレクションの展示販売イベントを行う学生、ベトナム研修をきっかけに現地の学生と協働し、ベトナムサンドイッチ「バインミー」販売を計画する学生など。失敗を恐れず、学生の「やりたいこと」を全力で応援し、大人の作ったレールに乗らない彼らの挑戦を後押しします。1年生で起業に関心を持ち、2年で事業スタート、3年で軌道に乗せ、4年で就職せずに、地域でその事業を続けて食べていく、という流れを作りたいです。
「地域こそが教室だ!」DX時代に人と人の絆で未来を創る”三方よし”の地域再生論
―― AIや電気自動車(EV)の普及といった社会変革に対し、地域イノベーションはどのように対応すべきでしょうか。今後の展望と先生のビジョンをお聞かせください。
天野先生: ITやAIの発展により、場所に縛られない働き方が広がり、地域にいながら都市と同等の仕事ができる時代が来ています。しかし、一極集中などの課題が解消されるわけではありません。大切なのは、先端技術を取り入れつつ、地域に根ざした人と人とのつながりを育むことです。思いもかけないアイディアや企画はAIがつくれます。しかしその実行は生身の人間しかできません。実際に人が動くことこそが、持続可能な地域づくりの鍵になると考えています。EVは移動手段だけでなく、地域のエネルギー源、ビッグデータ収集やまちのセンサーになっていきます。

―― 最後に読者へのメッセージをお願いします。
天野先生:みなさんの住む地域こそが「最もリアルで、最も可能性に満ちた教室」となれます。先ほども述べましたように、四天王寺大学では、藤井寺の一番街商店街で、長年閉ざされていたシャッターを開き、誰もが利用できる学びの場「エリアデザイン・ラボ」をオープンしました。この空間は、「未来を変えたい、チャレンジしたい若者」と「地域の課題に取り組みたい人々」が出会い、新たな価値を生み出す拠点となることを目指し、これまでにない学びと体験を創造していきます。商店街に設けられた大学、学生の拠点は全国でも類をみないものです。ぜひ覗いてみてください。学生たちが卒業後も枠にとらわれず、それぞれの地域で自分らしい生き方や幸せを見いだし、挑戦、起業へ踏み出す、そんな循環をここで育てたいと思っています。
最終的な目標は、地域が「訪れてよし、住んでよし、そして起業業してよし」の“三方よし”の場所になることです。羽曳野や藤井寺だけでなく、日本各地の地方都市、衛星都市が独自の魅力を生かした地域へと発展していくことを願い、原動力となる人材を地域とともに育てていきたいと考え、挑戦を続けています。みなさんも夢を持ち寄り、語り合い、そして一緒にチャレンジしましょう!

天野 了一先生のご紹介リンク:
ー researchmap:天野 了一(Ryoichi Amano) – マイポータル

