幸せとは何か? 人を幸福にするのは物質的な豊かさやお金だけではなかった

田村 輝之(たむら てるゆき)氏 東海大学 政治経済学部経済学科 准教授

インタビュー取材にご協力いただいた方

田村 輝之(たむら てるゆき)氏 東海大学 政治経済学部経済学科 准教授

2002年青山学院大学経営学部卒業。2015年上智大学大学院 経済学研究科博士号取得。博士(経済学)。行動経済学、実験経済学、教育経済学に関する研究に取り組む。上智大学 経済学研究科 特別研究員、高知工科大学経済・マネジメント学群 助教授、慶應義塾大学 経済学部 助教授、京都経済短期大学 経営情報学科 准教授などを経て、2021年4月より現職。

一般的に、お金が増えると幸福になると人は考えがちです。ところが現実はそうではありません。高収入を得られても人間関係や仕事など人の悩みは尽きません。人にとって幸せとは何でしょうか? こうした課題を解決する方法として行動経済学があります。

お金が増えると幸福度は減るのか、幸福度を上げるにはどのようにすべきか、幸福度にとって重要な要素であるグリットとはどのようなものか。そこで今回、経済学と幸福度の関連について取り組まれてきた東海大学 政治経済学部経済学科の田村先生にお話を伺いました。

お金があっても幸せを感じない理由とは?

―― お金を得ても人が幸福になれないのはどのような理由からでしょうか?

田村先生:人生の1枚目の高級ステーキは、とても感激します。ところが、2枚目、3枚目、4枚目と食べていくにつれ、高級ステーキに慣れてしまい、あまり幸せとは感じなくなります。同様に、学生時代のアルバイトのときに得る追加的な1万円の喜びと比較すると、社会人になってから得る追加的な1万円の喜びは、相対的に減少してしまいます。追加的な「1万円」がもたらしてくれる喜びは、どんどん小さくなると考えられているのです。このため人の関心は、お金から得られる喜びよりも、大切な人と過ごす時間や自分自身の健康などに関心へと重きが移るのです。統計分析でも「年収と幸福度」について1万人にアンケートをした結果、年収800万円までは幸福度が上昇し、それ以上の年収ではそれほど幸福度が上昇しないことが分かっています。

幸福感と年収 田村助教授作成

図表:幸福感と年収<田村准教授作成>

―― 年収800万円以上になったら幸福を得るためには違うことを考えなくてはいけないということなんですね

田村先生:お金が多くある場合、例えば、これ以上追加的な1万円を得るよりも大切な友人達と交流するほうが、その人にとって価値が高くなるわけです。人は「年収が1,000万円あったらどれほど幸せになれるだろう?」と考えます。ところが、お金の目標をクリアしたら、今度は健康や人間関係など違う悩みが出てきます。人の悩みは尽きないのです。

―― 日本では、経済成長を上げても幸福を感じられない人達がいます。その要因にはどのようなものがあるのでしょうか?また、もし改善するとしたらどのようにするべきでしょうか?

田村先生:経済成長は必ずしも幸福につながるわけではありません。米国の経済学者リチャード・イースタリンが提唱した「幸福のパラドックス」は、実質GDPが増加しているにもかかわらず、主観的幸福感(生活満足度)は一定のままである現象を示しています。

この現象は、主に「相対所得仮説」と「順応仮説」によって説明することが可能です。相対所得仮説では、人間の幸福は絶対水準ではなくて「職場のライバルやママ友に勝った・負けた」など、相対的に他者との比較からも影響されます。例えば日本の高度成長期では、みんなが所得増加の恩恵を受けたので、相対的に幸福感を感じづらかったと考えられます。一方、順応仮説は、買ったばかりのスマホやパソコンなどに1週間から1カ月ほどで、そのワクワク感や技術革新に慣れてしまうように、人間が生活水準の上昇に対し、すぐに順応してしまうという考え方です。このため、物質的に豊かになっても人々の幸福水準はあまり変わらないのです。

そうした課題に対し、アメリカの経済学者ジョセフ・E・スティグリッツは、「スティグリッツ報告書」を発表しました。内容は経済成長だけを良しとするのはやめて、人間関係や健康に目を向けるべきであるという提言です。そこが大きな転換点となり、日本でもワークライフバランスなどにも目が向けられるようになりました。

ここで、私自身は「お金は大事ではない」と考えているわけではありません。お金は、衣食住の安全を支えてくれますし、いろいろな選択肢を与えてくれ、将来の支払いの悩みや心配事から救ってくれます。また、パートナーや友人とも、お金にまつわる不要なケンカをすることも減少します。そのために、人生においては一定のお金が必要となりますし、お金は大切です。

「行動経済学」が幸福研究に果たす役割

―― 従来の合理的な経済学に心理学の手法を取り入れた「行動経済学」によって人間の幸福度を解明する研究がされています

田村先生:行動経済学を最初に確立したのは、心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーです。経済が人の感情からも影響を受けていることを発見し、カーネマン博士がノーベル経済学賞を受賞しました。行動経済学の役割の1つは、経済学が実際に自分の人生や日常生活に役立つことを認識してもらうことです。経済学で需要と供給について学んでも、「これは自分の人生にどのように役立つの?」と考えてしまうでしょう。しかし自分に当てはめることで、人生にも使えるはずです。例えば需要と価格の関係においても、メジャーリーグの大谷選手のように、どのチームからも欲しいと思ってもらえる選手は、多くのお給料を得ることができます。一方、企業にとってあまり魅力的な人材でない場合、お給料を買いたたかれてしまうわけです。自分自身に対し、どのように他者からの需要を多くできるだろうかと考えることも、人生において有用です。

―― 実際に学んだ理論をどのように応用すればいいのでしょうか?

田村先生:私は経済学の事例として「豊作貧乏」を応用し、人間関係の問題に置き換えて学生に講義をしています。豊作貧乏とは、豊作により大量に収穫されたキャベツの市場価格が大幅に下がり、かえって貧乏になってしまうことです。これを避けるため、農家は自分の畑でキャベツを潰したりするのです。恋愛関係においても、例えば「好き」という言葉を大量に言いすぎると(大量に供給すると)、「好き」という言葉の価値は下がってしまいます。そこで、「好き」という言葉の価値が下がりすぎないように、あえて言わないようにするなど調整して、言葉の価値を保つことを「愛の豊作貧乏」と私は呼んでおります。これは、友人女性の実際の恋愛話からひらめいたエピソードで、経済学を習っていなくても、日常に「経済学」はあふれているのです。学生にもこのエピソードは好評で、経済学が人生に役立つことをできるかぎり教えています。

ここで、より良い勉強法の中に「自己関連づけ効果」と呼ばれものがあります。これは、人は自分に関連する情報の方がより記憶しやすい性質を持っていることを意味します。私自身も大学時代、今日習った理論や理屈を、「実際に」自分の人生にどのように役立てることができるだろうかと考えはじめてから、学問を身近に感じ、いろいろな理屈を学ぶことが好きになりました。学問をどこか遠い世界で起きていることではなく、自分事として考えてもらう、これが私の教育信念の1つです。

グリット・スコアを伸ばし、幸せの3要素を上げる

―― 幸福を得るためには、後述の「仕事(学び)」「健康」「人間関係」の3要素が重要ということですが、先生はとくに「グリット(やり抜く力)」の必要性を説いています

田村先生:グリットは、5年、10年間など継続できる力であり、「情熱」と「粘り強さ」の2つの指標から構成されます。米国のペンシルベニア大学教授アンジェラ・ダックワース氏によって提唱されました。2つの指標のうち、燃え尽き症候群などの事例を見ても分かるように、人は情熱を維持するほうが困難であるとされ、心の炎を燃やし続ける方が難しいとされています。人は、果たして何のためにがんばり続けるのでしょうか。

―― 「グリット」と経済学には、どのような関係があるのでしょうか?

田村先生:行動経済学の研究でもグリットが高い人は幸福度も高いことが分かっています。また、教育経済学では、IQや学力に関する「認知能力」と我慢強さやグリットに関する「非認知能力」が重要です。グリット・スコアが高い人は、何事も途中で投げ出すことなく、学校生活や社会人生活をやり抜くことができます。また習い事や資格取得においても、継続力があるからこそスキルがどんどん蓄積され、社会において評価されるのです。スキルの習得を途中でやめてしまうと、スキルの積み重ねが薄くお給料もなかなか上がりません。グリットが示すように「継続は力なり」なのです。

―― グリット・スコアの高い人が「能力やスキル」を増やせることは分かりました。しかし、グリット・スコアが低い人はどのようにしていけばいいのでしょうか?

田村先生:グリット・スコアが低い人にとって、小さな成功体験の積み重ねが大切です。まずは1カ月間、お風呂掃除や犬の散歩、読書(英単語帳)や筋トレなど、自分で何かをやり続けることを決めましょう。人間の頑張るべき期間は最初の「1週間」と言われています。そこを頑張れたら、1カ月間、半年と徐々に期間を延ばし、一生頑張れる人になれるのです。例えば、1カ月間というのは、1週間のスケジュールを4回繰り返すだけなのです。

―― 勉強のコツが分かると成果が高まり、人生の選択肢が増えるということですが、具体的にはどういうことでしょうか?

田村先生:勉強によって能力やスキルを増やしていくと、企業に評価され年収も伴います。いろいろな勉強方法を知り、自分自身の性質を知ることが大切です。例えば、私は1科目をどっぷりと長時間勉強するのが好きですが、1日に何科目も短時間ずつ勉強する方法もあります。「分散学習」と呼ばれる方法では、1日に1科目をまとめて5時間勉強するより、今日2時間、明後日2時間と分散して分けていくほうが、記憶が定着しやすいとされています。

何事にも大切なことは、いろいろな方法を試し、自分に合う方法を見つけることです。

私が思うのは、勉強は人生の最強行動の1つであることです。勉強をしているときは、遊びにも行かないですし、オシャレな洋服もいりません。無駄なお金を使わないので、お金が貯まりますし、自分自身のスキルが溜まります。それが、将来的に社会や企業において評価され、お給料という形で跳ね返ってくるのです。ひいては、今日の頑張りが、将来の自分のピンチを少しだけ救ってくれます。

幸せは何で決まるのか? お金や経済力で決まるわけではない

―― どうすれば幸福度を上げられるのでしょうか、そして経済面と両立させるにはどうすれば良いのでしょうか?

田村先生:よく学び、健康に気をつけて、人間関係を損ねないように気をつける。この3本柱に対し、それぞれの対策を持つことが重要です。以下は、私が大切にしている鉄則の一部ですが、年々、少しずつ洗練され決して多くはありません。

①仕事(学び):午前中を制する者は1日を制する(大事な仕事は午前中に行う)
②健康:夜20時以降はあまり食事をしない(食後にすぐ歯磨きをすると、間食をしなくて済む)
③人間関係:行動する前に相手の立場にたって考える(相手が嫌がることはしない)

しかし、幸福研究にはまだ課題もあります。「馬を水辺に連れて行けても、水を飲ますことはできない」という有名なことわざがイギリスにはあります。例えば、人にとって5キロのランニングが健康に良いと科学的に証明されたとしても、それを実際にやるかどうかはその人次第であり、教育の難しさを感じますね。

―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?

幸福感を判断するのに重視した事項

画像引用:厚生労働省「平成26年版厚生労働白書 ~健康・予防元年~」

最後に、みなさまに伝えたいことは以下のとおりです。①自分自身の性質をよく知ること(何が、自分自身を幸せにしてくれるのでしょうか)、②小さな成功体験を積み重ねて「自分でもできる!」という自信をもつこと、そしてどのような分野でも、③他者より少しでも上手になるには「努力するしかない(やるしかない!)」ということです。

現代は多様化しており、幸福のあり方も人それぞれです。厚生労働省の調査「幸福感を判断するのに重視した事項」でも、経済成長やお金が一番という人はそれほど多くはありません。何をもって幸福とするかは個人によって違います。幸福な日常生活を歩みはじめる際にすぐにできることは、おいしい温かいご飯が食べられる、ご近所さんと挨拶する、大好きなペットと遊ぶなど、小さな幸せに喜びを見出すことです。仕事や人生の中で、自分自身が出来ることを少しずつ増やしていき、思い描く自分自身に近づいてください。その助けとして、学問や先人が多くの知恵を教えてくれるのです。


田村 輝之先生のご紹介リンク:
ー 東海大学:教員・研究者ガイド