近い将来、自分が親になる姿を具体的にイメージできる方はどれくらいいるでしょうか。政府は現在、少子化を食い止めるべく43兆円という巨額予算を投じていますが、出生率は過去最低を更新し続けています。
なぜ多額のお金を使っても子どもは増えないのでしょうか。今回は、数字の裏に隠された社会の仕組みを紐解きながら、若い世代の皆さんの将来に直結する少子化対策の本質を、金融・経済の視点から分かりやすく解説していきます。
少子化対策の歴史

日本の少子化対策が本格的に議論され始めたのは、1989年の「1.57ショック」がきっかけでした。当時の出生率が戦後最低を記録したことで国は慌てて対策に乗り出しますが、その歩みは常に状況を追いかける形となりました。1994年の「エンゼルプラン」以降、保育所の整備や育児休業制度の拡充が図られてきました。
それから約30年、対策の内容は徐々に手厚くなり、近年では「異次元の少子化対策」として児童手当の所得制限撤廃や、出産費用の保険適用などが打ち出されています。しかし、実際の推移を見ると、30年前と比較して出生率は大幅に低下していることが分かります。
| 母の年齢 | 平成6年(1994) | 11年(1999) | 16年(2004) | 21年(2009) | 26年(2014) | 令和元年(2019) | 令和6年(2024) |
| 15〜19歳 | 0.0189 | 0.0242 | 0.0275 | 0.0249 | 0.0224 | 0.0137 | 0.0082 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 20〜24歳 | 0.2144 | 0.1904 | 0.1859 | 0.1779 | 0.1487 | 0.1243 | 0.0764 |
| 25〜29歳 | 0.6333 | 0.5012 | 0.4388 | 0.4320 | 0.4204 | 0.3858 | 0.3064 |
| 30〜34歳 | 0.4882 | 0.4583 | 0.4364 | 0.4755 | 0.5034 | 0.4940 | 0.4369 |
| 35〜39歳 | 0.1307 | 0.1501 | 0.1755 | 0.2217 | 0.2747 | 0.2805 | 0.2565 |
| 40〜44歳 | 0.0142 | 0.0177 | 0.0239 | 0.0354 | 0.0516 | 0.0609 | 0.0608 |
| 45〜49歳 | 0.0004 | 0.0005 | 0.0006 | 0.0009 | 0.0014 | 0.0017 | 0.0021 |
| 合計 | 1.50 | 1.34 | 1.29 | 1.37 | 1.42 | 1.36 | 1.15 |
この推移を見ると、特にかつてのボリュームゾーンであった20代の出生率が激減しており、30代以降への「晩産化」が進んでいることが鮮明です。しかし、その30代以降の微増も、20代の減少をカバーするには全く至っていません。
なぜ予算を使っても効果が出ないのか?

43兆円という予算規模は非常に大きく見えます。しかし、その中身を精査すると、少子化の根本原因を解決するには不十分な点が目立ちます。多くの専門家が指摘するのは、政府の支援が現金給付という表面的な対策に偏りすぎているという点です。
もちろん、児童手当が増えることは子育て世帯にとって心強い支えになります。しかし、今の若い世代が子どもを持つことを躊躇しているのは、目先のお金が足りないからだけではありません。以下のような、社会的な問題が大きな壁となっているのです。
- 雇用の不安定さ:非正規雇用の割合が高まり、将来の安定した収入が見通せない。
- 過度な教育費負担:大学までの教育費が高騰し、子どもを持つことが「経済的なリスク」と捉えられがち。
- 共働きの限界:仕事と育児を両立させようとしても、長時間労働を前提とした企業の文化が変わっていない。
- 将来不安の増大:社会保障制度への不信感から、自分の生活を守ることで手一杯になってしまう。
これらは、手当を数万円増やすといった施策だけで解決できるものではありません。家賃が高く、残業が当たり前で、将来の雇用が不安な社会において、現金給付だけで安心して子どもを産もうと思える人は少ないのが現実です。
若い世代が子どもを持てない本当の理由

今の若い世代にとって、経済的な安定は結婚や出産を考える上での大前提です。かつての日本のように「結婚すればなんとかなる」という楽観論は通用しません。むしろ、しっかりとした経済基盤がなければ、子どもに不自由な思いをさせてしまうと考える、非常に責任感の強い方が増えています。
ここで注目したいのが、経済学でいう「機会費用(オポチュニティ・コスト)」という概念です。
現在の日本では、特に女性が子どもを持つことによる機会費用が高くなっています。一度キャリアを中断すると元のキャリアに戻ることが難しかったり、昇進が遅れたりすることで、生涯年収が数千万円単位で減少するケースも少なくありません。
また、価値観の多様化も大きな要因です。人生の幸せを家族を持つことだけに求めず、仕事や趣味、自己実現に価値を置く人が増えました。こうした中で、経済的な不安を抱え、自分の時間やキャリアを犠牲にしてまで子どもを持つという選択が、以前よりも選ばれにくくなっているのです。
海外の成功事例と日本の決定的な違い

少子化は先進国共通の悩みですが、対策に成功している国も存在し、その筆頭がフランスです。フランスは1990年代に一時的に出生率が下がりましたが、その後見事に回復させました。日本とフランスの最大の違いは、支援の厚みと多様な生き方への寛容さにあります。
フランスの事例から、日本が見習うべきポイントを整理してみましょう。
- 事実婚の法的保護:PACS(連帯市民協約)により、結婚という形に縛られなくても家族として手厚い支援が受けられる。
- 教育費の負担軽減:大学までの教育費がほぼ無償であり、親の経済力に関わらず子どもが学び続けられる環境がある。
- 「産みやすさ」より「育てやすさ」:一時的なお祝い金ではなく、子どもが成人するまでの生活を社会全体で長期間支える仕組みが整っている。
北欧諸国も同様に、高い税金を払う代わりに、育児や教育の不安を国が解消してくれる「高福祉・高負担」のモデルを確立しています。対する日本は、負担は増え続けているのに支援は断片的であるため、将来への安心感を実感しにくい構造になっています。国の役割はお金を配ることではなく、若い世代が「この国なら子どもを育てたい」と思える長期的な信頼を築くことにあるはずです。
まとめ
少子化は単なる子ども不足ではなく、若い世代が未来に希望を持てない社会の映し鏡です。43兆円という予算がばらまきではなく、教育の無償化や雇用の安定といった構造改革に使われるかどうかが鍵となります。
皆さんが将来の選択をするとき、お金やキャリアの不安を理由に自分の理想を諦めなくて済むよう、社会全体での大きな転換が求められています。政府の施策を自分事として捉え、これからの社会を一緒に考えていきましょう。

