インタビュー取材にご協力いただいた方
尾形 哲也(おがた てつや)氏
早稲田大学
理工学術院 基幹理工学部・教授
次世代ロボット研究機構・所長
2000年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員、京都大学大学院情報学研究科准教授を経て、2012年より早稲田大学理工学術院基幹理工学部表現工学科教授。博士(工学)。産業総合技術研究所人工知能研究センター特定フェローや日本ディープラーニング協会理事を兼任。2020年より早稲田大学次世代ロボット研究機構AIロボット研究所所長。2024年より国立情報学研究所大規模言語モデル研究開発センター客員教授。2025年よりAIロボット協会理事長。2025年よりJST CREST領域研究総括。深層学習、生成AIに代表される神経回路モデルとロボットシステムを用いた認知ロボティクス研究、特に予測学習、模倣学習、マルチモーダル統合、言語学習、コミュニケーションなどの研究に従事。2021年IEEE ICRA2021 Best Paper Award In Cognitive Science、2023年文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)などを受賞。
子供の頃、誰もが夢見たドラえもんのような、人の生活をあらゆる面からサポートしてくれる汎用ロボット。そんな夢の実現に向け、AIとロボット技術の融合研究の最前線を走るのが、早稲田大学の尾形哲也先生です。
人手不足が深刻化する現代において、医療や介護の現場から農業、そして家庭まで、その活躍が期待されるAIロボット開発の現状と未来について、尾形先生に詳しくお話を伺いました。
執事のような「汎用ロボット」の開発を目指す
―― まず、先生が現在特に注力されているAIロボット研究について概要を教えてください
尾形先生: AIとロボットは1960年代ぐらいまでは明確に分かれた分野ではありませんでした。しかし、徐々に専門化が進み、情報系と機械系に分かれてきたという背景があります。ですから、ロボット研究者とAI研究者では「AIロボット」の定義が異なります。
近年、AI技術の進展により画像や音声だけではなく、ロボット制御への応用が期待される「フィジカルAI」が注目されるようになりました。この「フィジカルAI」のイメージがAI研究者の考える「AIロボット」です。
一方、多くのロボット研究者が考えるロボットは産業ロボットを指します。特に日本のロボット研究は工場で働く産業用ロボットが中心だったのです。世界で生産している産業ロボットの半分近くは、日本が作っています。ですから、ロボット研究者がイメージする「AIロボット」は、製品や課題を解決するためのラインやハードウェアが存在し、そこに画像処理などのAIが搭載されるというものです。
―― 尾形先生がAIロボット研究について目指しているゴールはどんなことでしょうか?
尾形先生:私のゴールは特定のタスクに限定されず、様々なタスクに対応できる汎用的なロボットの開発です。人々の生活の様々な場面で活躍できて、一家に一台、あるいは様々な施設に複数台が存在し、多様な仕事を行う未来を展望しています。ムーンショットプロジェクト※1における「汎用ロボット」の概念にも通じているのですが、人のすぐそばで執事のように、人間の生活をサポートするロボットの実現を目指しています。
※1 ムーンショットプロジェクト:多くの人々を魅了するような斬新かつ挑戦的な目標を掲げ、国内外からトップ研究者の英知を結集し、関係府省庁が一体となって集中・重点的に挑戦的な研究開発を推進するプロジェクト
人手不足を解消し、医療従事者や介護者の負担を軽減するAIロボット技術
―― 現在、日本が抱える社会問題の中で、AIロボット技術が特に貢献できる分野は何でしょうか?
尾形先生:日本が抱える人手不足という社会問題に対し、AIロボット技術は特に貢献できると考えています。医療、福祉、介護などの分野には、身体的、精神的な負担が大きい作業があります。例えば排泄物の処理、入浴介助、単純な清掃や運搬など。そのような作業をロボットが担うことで、医療従事者や介護者の負担を軽減し、より人間的なケアに集中できる環境が実現できるでしょう。また農業や建設現場においても、AIロボット技術の導入が試みられています。特に農業においては、省人化や効率化に大きく貢献する可能性を秘めているため、市場規模の大きさも注目されています。米国では大規模な農場用ロボットの研究開発が進んでおり、多くの企業が標準化の主導権を握ろうとしていますね。
―― AIロボットが具体的にどのように活用され、問題を解決していくのか、事例を教えてください
尾形先生:日本の医療福祉分野は非常に今後の需要が大きく、海外からも注目を集めています。実際、先日も米国企業関係者が、日本におけるロボットの医療福祉への活用状況について関心を示し、問い合わせがありました。このことから、医療福祉分野は世界的に見てもロボット活用の大きな可能性があると考えられます。
また、農業、小売り、物流、製造といった分野でも、これまで人にしかできないと思われていた領域に、徐々にロボットが導入されつつあります。人型ロボットが主流になるかどうかは議論があるものの、今後数年のうちに、人に近い外観のロボットが様々な場面で活用するケースが増えてくるのではないでしょうか。
―― 先生は「AIロボット協会(AIRoA)」を設立し、理事として就任しています
尾形先生:AIとロボット技術の融合によるロボットデータエコシステム構築を目指し、2024年12月に「AIロボット協会(AIRoA)」を設立しました。同協会には、トヨタなどの大手企業から、Telexistence(テレイグジスタンス)といったスタートアップ企業まで、2025年3月の時点で22社の幅広い分野の企業が参加しており、AIロボットの社会実装に向けた取り組みが進められています。経済産業省からの大型サポートも決定しており、まさに日本全体でAIロボット分野を盛り上げる機運が高まっています。
―― AIロボットについて国はどのような取り組みを行っているのでしょうか?
尾形先生: AIロボット協会を支援していただいた経産省のみにとどまらず、文科省もAIロボット分野に多額の予算を投じています。科学技術振興機構(JST)のプログラム「CREST(クレスト)」では、1件5億円規模で最大10件の研究提案を支援します。クレストは、科学技術イノベーションに大きく寄与する、新たな科学知識に基づく創造的で卓越した新技術シーズを創出するプログラムです。私はクレストの研究総括を務め、8名のアドバイザーと共に優れた研究を選定し、サポートする予定です。
既存の技術でも実用可能なものが多いため、AIロボット協会は早期の社会実装を目指しています。一方で技術的な課題も多く存在します。文科省のプロジェクトは、技術的課題の解決に向け、長期的な視点で研究開発を推進するものです。
AIロボット開発のカギはハードウェアの強化
―― AIロボットが社会問題解決に貢献するために、技術的に最も重要だと考えられるブレークスルーは何でしょうか?
尾形先生:技術的な課題として、AI自体がまだ発展途上であり、現状では人間がデータを集める必要がある点や、特にロボットが実世界で経験を活かして自律的に学習することが難しい点が挙げられます。また、AIの演算に必要な電力消費が非常に大きいという問題もあります。さらに、AIは言葉を理解しているように見えても、現実世界での自然な対話は難しいといったことも課題です。
ハードウェアに関しては、ハーフマラソンを走れるほどの能力を持つロボットが登場しています。しかしバッテリー交換がある程度回数が必要な点、モーターの性能向上、人間の触覚のような高度なセンサーの実現、そしてエッジコンピューティング技術の確立など、多くの課題が残されています。NVIDIAは、GPUを全てのロボットに搭載するという巨大市場を目指していますが、まだ完璧な製品は開発されていません。ロボットのハードウェアの製造自体も未解明な部分が多く、技術的な問題があります。例えば通信において、5Gは高速ですが時間の保証(リアルタイム性)がありません。止まると、ずっと止まりっぱなしです。また共通のオープンなプラットフォーム(OSなど)の構築も重要な課題です。
―― ハードウェアの開発が重要だということでしょうか?
尾形先生:AIの能力を最大限に引き出すためのハードウェアはまだ不足しており、現状では中国がこの分野では優位な立場にあります。例えばドローンなどからの技術転用が積極的に行われ、ヒューマノイドロボット用のハードウェアを開発しています。
中国製のハードウェアを入手できれば、現在の強化学習の技術を用いることで、比較的容易にロボットを動かすことが可能です。実際にAIロボット協会に参加しているGMOのような企業は、本来はロボット専門の会社ではないにもかかわらず、中国製のロボットを購入し、独自のAIで学習させて貸し出しを行っています。ですから、アクチュエーター(エネルギーを何らかの動作に変換する装置)やセンサーを含め、国内でのハードウェア開発を強化していく必要があるでしょう。
AI研究者とロボット研究者の間の壁
―― AIロボットを実社会へ広く導入していく上で、技術的な課題以外に、どのような障壁があるとお考えですか?
尾形先生:AIロボット分野に関しては、二つの批判的な意見があります。アメリカや中国がAIロボット開発をほぼ完成させているため、今から日本が追いつくのは不可能だという意見。一方、AIを導入してもロボットは決してうまく動くようにはならず、AIへの過剰な期待は無駄な投資に終わるだろうという意見です。本田技研工業が開発した二足歩行ロボット「アシモ」など多くのサービスロボットが、市場開拓できなかった経験から、人型ロボットは実用的ではないと断じているのでしょう。
―― 先生はそのような批判的な意見についてどのようにお考えですか?
尾形先生:私は、冷静な視点を持つべきだと思っています。確かに生成AIによってできることは大幅に増えましたが、全てが可能になったわけではありません。日本は、医療や福祉、調理、物流といった応用分野でのロボット活用の経験において、海外に対して強みを持っています。そのため、ロボットへの理解があるAI研究者と、AIへの理解があるロボット研究者がうまく連携すれば、日本は非常に強くなれる可能性があるのではないでしょうか。
しかし、AI分野とロボット分野の間には大きな文化的なギャップが存在します。AI分野がライブラリやソフトウェアのオープン性を重視するのに対し、日本のロボット分野はソフトウェアもハードウェアの製造方法もクローズドです。また、ビジネスモデルも異なります。AI分野がアップデートによる継続的な課金モデルを考えるのに対し、ロボット分野は家電のように一度売り切るという発想があります。このような文化やビジネスモデルの違いが、分野間の融合を難しくしているのではないでしょうか。
―― AIとロボットの融合について世代間のギャップはありますか?
尾形先生:興味深いことに、この文化的なギャップに対する意識は世代によって異なります。私のような50代以上の人たちは、AIは万能ではないと考える人や、過去の失敗経験から人型ロボットに悲観的な見方をする人が多いのです。一方、40代以下の若い世代はAIとロボットの融合は当然だと考えており、両分野の知識を学ぶことに抵抗がありません。大学でも、融合を促進する動きは見られます。しかし、全体的には機械系と情報系が分かれていることが多いのが現状です。
アシモなど過去の人型ロボットブームが市場化に失敗したのは、当時の技術では歩く、走ることなどはできても、物を見たり、人の声を理解したり、物を操作したりすることができなかったためです。しかし、現在はAI技術の発展により状況は全く異なっています。今後はAIと融合したロボットから面白い事例が続々と生まれてくるのではないでしょうか。
AIロボットと人間が共生する社会の光と影
―― AIロボットと人間が真に共生する未来社会に向けて、尾形先生が個人的に最も期待することは何でしょうか?
尾形先生:AIロボットに期待することは、人間が物理的な労働から解放され、精神的な余裕を持つことで、人間同士のコミュニケーションや共感がより深まることです。AIが言語の障害を取り除くように、ロボットが物理的な負担による障害を取り除くことが理想ですね。
―― では、最も懸念することは何でしょうか?
尾形先生:倫理的な利用の問題を懸念しています。特に、ディープフェイクのような人の真似をする行為はAIにさせるべきではないと考えています。顔だけではなく声や絵の模倣も慎重であるべきです。亡くなった人の模倣についても、非常に慎重な検討が必要ではないでしょうか。ロボットに関しても同様の倫理的な課題があり、人の振りをするような利用や軍事利用についても懸念があります。軍事利用は現状避けられない部分もあるでしょうが、国際的なルールや、良いことと悪いことに対するリテラシーを形成していくことが重要です。
AIに関しては、EUの例を見ても分かるように、規制をかけすぎると技術の進展を妨げる可能性があります。技術は適切に活用すべきである一方、悪用や社会問題につながる可能性のあるものについては、共通のコンセンサスを持つことが重要です。日本はAIの利用に関してバランスが取れているのではないでしょうか。法律による規制ではなく、ガイドラインを積極的に提示する方針を取っています。それによってAIが一番普及しやすい国であると認識され、NVIDIA、Microsoftなどビッグテック企業が日本に拠点を設け始めています。ロボット分野においても、同様の方向性で発展していくことが期待されているでしょう。
「人間がやっている」ことに価値が高まる
―― どんどん進化すればいわゆる人間と同等の働きをロボットができるようになり、人間はいらなくなるのでしょうか?
尾形先生:ロボットができることと、人間の本質的な価値はあまり関係がないのではないでしょうか。将棋や囲碁の世界ではAIが人間を遥かに凌駕していますが、将棋の人気はむしろ高まり、藤井聡太氏のような棋士の存在が人々の心を惹きつけます。例えば、藤井聡太氏が瞬時に指した一手をAIが最善手と判るのに時間を要した、といった事実に人々は感動を覚えます。
絵画や音楽においても同様です。AIが高度な作品を瞬時に生成できる一方で、人間が鉛筆一本や筆で描く過程、ライブ演奏といった「人間がやっている」という事実に大きな価値が生まれます。YouTubeでの個人の体験配信やゲーム実況なども、AIには代替できない、その人ならではのドラマやストーリーに価値があります。
―― 「人間がやっている」ことに価値が高まると、どのような変化が起きるでしょうか?
尾形先生:AIの進化によって「人間がやっている」ことの価値は飛躍的に高まります。それは、AIにはない人間の共感や、その瞬間にしかない体験へ価値を見出すからです。しかし、その反面、価値の源泉が他者からの承認、つまり「いいね」の数などに左右される傾向が強まる可能性があります。それが健全な状態かどうかには疑問を感じます。
それでも、AIやロボットが多くのタスクをこなすようになると、人間同士の争いが減少し、共感できること、人間らしい心の触れ合いの価値がより一層高まっていくと期待しています。その変化を興味深く観察しています。
―― 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
尾形先生:「人間はいらなくなる」という考えを打ち消す上で、AIロボットへの正しい理解は、非常に重要です。残念ながら、日本のAI利用率は先進国の中で最低レベルにあります。中国やアメリカはもちろん、厳しいAI規制を導入したヨーロッパでさえ、日本よりもAIの利用が進んでいるわけです。
今、社会で起きていることは、かつてのコンピューターやインターネットの普及時と同様のインパクトを持つ変革期であると捉えた方がいいのではないでしょうか。AIやロボットを使わないという選択肢はありえず、積極的に慣れ親しむべきだと思っています。AIやロボットの入り口は決して難しいものではなく、少しでも触れてみることが大切です。「AIロボットが普及した社会における人間の価値」について考えてみてはどうでしょうか。
尾形 哲也先生のご紹介リンク:
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