インタビュー取材にご協力いただいた方
牛房 義明(うしふさ よしあき)氏 北九州市立大学 経済学部・教授
1971年、大阪府大阪市生まれ。2019年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。2001年に、北九州市立大学経済学部に講師として赴任。現在、北九州市立大学経済学部教授。専門分野は環境経済学、エネルギー経済学、行動経済学、因果推論、機械学習など。 教授、博士(経済学)。
従来の企業は地球の資源をただで利用し、安くモノを大量生産してきました。その結果、地球温暖化の問題が発生し、世界中のあらゆる場所で自然災害によるリスクが起きています。そうした問題を考えるのが環境経済学です。
環境経済学とはどのようなものか、環境と経済を両立させるために行っている企業の取り組みとは、環境問題について意識が高い地方や海外の取り組みはどのようなことをしているのか。そこで今回、環境経済学の研究に取り組まれてきた北九州市立大学の牛房 義明先生にお話を伺いました。
環境経済学を学ぶことで社会の矛盾を知る
―― 環境経済学とはどのようなものでしょうか?
牛房先生:環境経済学とは、その名の通り環境問題を考える経済学です。環境経済学では、環境問題がどうして起きるのか、その原因や背景を経済的な視点から考えます。企業が経済活動をすることで、大気汚染や土壌汚染といった公害問題が発生したことがありました。環境問題が深刻と思われていない時代では、企業がある財を作ったり、サービスを提供したりする際、綺麗な空気や水はただで利用することができました。しかし、その結果、多くの有害物質が排出され、空気や水、土壌を汚染するようになったのです。そのため、環境経済学では、環境問題が発生する原因を明らかにし、その解決策を考えていきます。
ーー 環境経済学を学ぶことでどんな社会構造が見えてくるのでしょうか?
牛房先生:環境経済学を学ぶと社会の矛盾が見えてくるのではないでしょうか。持続可能な社会を維持するためには、企業が目先の利益だけを追い求めてはいけないと思います。地球上にある資源を無計画に利用することで、地球温暖化問題や生物多様性の問題、公害問題などが発生し、社会に歪みが生じています。近年の日本の夏は猛暑で生活しづらい環境にありますが、その一因として地球温暖化の影響もあると考えられます。そのため、企業はただ単に安くモノを製造・販売してサービスを提供するのではなく、地球環境に負荷を与えていることも配慮することが大事だと思います。最近は、環境、社会、企業統治に配慮した投資、ESG投資が注目されていますので、短期的で経済的な利益だけでなく、長期的で社会的に良い影響を与える取り組みも評価される社会になってきているのではないでしょうか。一方で、企業から財やサービスを購入する私たち消費者もそれらの商品、サービスがどのような環境負荷を与えるのかを意識すること、知ることも大切だと感じています。
環境に対する企業の取り組みとは?
ーー 環境と経済を両立させるのは難しいと思いますが、どのように両立させていくのでしょうか?
牛房先生:環境と経済については、「経済を優先するなら環境を諦める」「環境を優先するなら、経済を諦める」といったトレードオフの関係にありました。しかし現在、企業は環境と経済をどう両立させるかについて真剣に取り組んでいるようです。特に日本政府が2020年10月に、2050年までに温室効果ガスを実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言したことで、環境に配慮した経済活動が加速しました。ただ、国内の中小企業の場合、人手不足や資金不足のため、これらを両立させるのは難しいでしょう。
ーー 環境と経済を両立させることによって、どのようなメリットがあるでしょうか?
牛房先生:生産活動することは、地球上の資源を使って、モノを作ったり、サービスを提供したりすることです。これらの活動はどうしても自然に負荷を与えています。環境に配慮して経済活動をすることは、地球温暖化の緩和、廃棄物の抑制、生態系保全につながります。ただ一部の企業だけが取り組んでもその効果は出ません。個々の企業が意識して取り組むことで、環境保全、汚染の緩和、地球温暖化の抑制、生物多様性の保全などに貢献し、異常気象による被害も減少する可能性があります。直接、企業の収益に結びつくところまではいかないかもしれませんが、長期的に社会全体で見ると、災害のリスクが減少し、企業の生産活動拠点が被害に遭わないという大きなメリットになると思います。
ーー 実際に企業は両立させるためにどのような対策を行っているのでしょうか?
牛房先生:エネルギーに関してだと、企業のオフィスや工場などに、太陽光発電などの再生可能エネルギーが導入されています。自社で導入することが難しい場合、再生可能エネルギーを提供している事業者からエネルギーを購入している企業も存在します。とくに大企業においては、サプライチェーンの取引先企業に対して環境に配慮しているかを確認しているようです。例えば、取引先企業が、化石燃料を利用して生産活動している場合、環境に負荷を与えるという理由で取引を控えるケースもあるようです。また大企業は毎年、温室効果ガス排出量や廃棄物の排出量、さらにはSDGsに関連する指標についてサステナビリティレポートを通じて公表しています。
環境に対する意識の高さが与える影響
ーー 日本と比較して、海外の人の環境に対する意識はどうでしょうか?
牛房先生:ヨーロッパの場合、環境に対する意識が高い消費者が多いので、「環境に配慮していない商品は買わない」という層がいます。とくに食料品に対しては意識の高い消費者は配慮していると思います。例えば、牛肉の生産では、多くのエネルギーや水をたくさん使い、多くのCO2を排出し、環境に負荷を与えています。そのため、「もう肉はあまり食べない」と考える人もいます。買い物する際にマイバッグを使うのも当たり前ですし、自分のライフスタイルの中に環境への配慮があります。特にオーガニック食材を扱っているお店には、そういう意識の高い人が買い物に来ています。
ーー SDGsの教育を受けてきた若い世代は環境に対する意識が違うのでしょうか?
牛房先生:今の大学生は小学生のときからSDGsの教育を受けていますので、環境に対する意識は高いと思います。エネルギーや環境のことだけではなく、ジェンダー・差別・平等・福祉についても取り組んでいる学生もいます。例えば、「きれいな街は、人の心もきれいにする」をコンセプトにした清掃活動のグループに参加してゴミ拾いをする学生、「SDGs11『住み続けられるまちづくりを』」に興味を持って、街づくりに関わる学生、高齢化が進んでいる農村地域に入って活動する学生などがいます。
ーー なぜ北九州市は環境に対する意識が高いのでしょうか?
牛房先生:北九州市では、1950~60年代に深刻な公害問題が発生し、それを克服したことが背景にあります。当時は、七色の雲と言われるほど工場から出る煙で汚染され、また工場からの排水で地元の海(洞海湾)が汚染されました。そうした状況に懸念をもった北九州市の女性たちが環境を何とかしないといけないと立ち上がり、行政に働きかけました。それをきっかけに北九州市は環境を改善することができました。現在では、SDGsや再生可能エネルギー導入について積極的に活動しています。
ーー 経済と環境を絡め、北九州市はどのような取り組みを行っているのでしょうか?
牛房先生:北九州市はスタートアップ・エコシステム推進拠点都市の1つです。強みの環境・ロボットや、DX分野を中心にテック系エコシステム拠点都市を形成しています。未来の地域経済を牽引するスタートアップを支援し、大学発スタートアップの輩出や、市内企業とスタートアップとの掛け合わせによる課題解決先進都市の実現を目指しています。
ーー 北九州市以外で環境への取り組みを行っている地域はありますか?
牛房先生:環境問題に関しては、北九州市以外でも積極的に取り組んでいる地域があります。例えば、徳島県勝浦郡上勝町にある「ゼロ・ウェイストアクションホテル HOTEL WHY」です。ホテルの建物が建設廃材を再利用して建築されています。また、普通のホテルだと、部屋に石鹸や歯ブラシなどのアメニティがありますが、このホテルでは、ロビーに石鹸が置かれていて、必要な分だけの石鹸を自分でカットして、部屋で利用します。
ZEH(ゼッチ)への移行で持続可能な社会を実現
ーー カーボン・ニュートラルの実現に向けたネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの普及について研究をされているそうですが、こちらについて詳しく教えてください。
牛房先生:こちらの研究は環境省の補助事業でやっている調査になります。ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスとはZEH(ゼッチ)と呼ばれ、家庭で使用するエネルギーが太陽光発電などで生み出すエネルギーと同じか、それより少ない住宅を言います。高機密高断熱の家だとエネルギー消費を削減できるため、国はZEHの普及に取り組んでいます。現在、私が住んでいる北九州市の城野地区はゼロ・カーボン先進街区として開発され、「BONJONO(ボン・ジョーノ)」と呼ばれています。「BONJONO」では、二酸化炭素排出量の大幅な削減と、子どもから高齢者まで多様な世代が暮らしやすく将来にわたって住み続けられる持続可能なまちづくりに取り組んでいます。
ーー ZEHは高額のため、普及が難しいのではないでしょうか?
牛房先生:ZEHは普通の住宅と比べると数百万円程高くなります。そのため、普及にはまだ課題があります。住宅購入は高い買い物ですから、普通の人はなかなか手を出すことができません。また、ZEHが環境にいいと分かっていても様々な要因で行動に移せない人も多いと思います。そこで、ZEH購入の意思決定をしてもらうために、どのような要因がZEH購入の障壁になるのかをアンケートを通じて調査しています。また、個人属性データや現在の住居におけるエネルギーデータを入力することで、現在の住居に比べて、ZEHに入居した場合、光熱費がどれくらいになるのかを提示できるシミュレータも開発しています。このシミュレータを利用することにより、ZEHに住むことで、光熱費の削減とCO2削減への貢献を認識してもらうことができ、ZEH購入によるメリットや購入する際の判断材料になるのではないかと思っています。
ーー ZEHに住んだ方の反応はいかがでしょうか?
牛房先生:快適だと感じる方が多いようです。断熱性能が高いので、長時間、エアコンを強風にする必要がなくなります。ただ、エネルギーデータをよく見てみると、エネルギーのことを気にしなくなって逆にエネルギー消費量が増えている世帯も見受けられます。ZEHは年間のエネルギー収支がゼロになるように設計段階で計算されていますが、実際に人が住むと年間のエネルギー収支がゼロにならない場合があります。そのため、本当にZEHが年間のエネルギー収支がゼロになっているかどうかを確認するためには、エネルギーデータを使って答え合わせをしていく必要があります。
ーー 研究をしていくうえでの課題はどんなことでしょうか?また、課題を克服するために気をつけているのはどんな点でしょうか?
牛房先生:私たちの研究は多くのステークホルダーの理解と協力がなければ進めることはできません。ZEHに関する調査では、ZEHを販売する地元ハウスメーカー、地方自治体、アンケート回答、エネルギーデータ提供に協力してくれる住民、データ収集の事業者などです。このようなステークホルダーの皆さんとコミュニケーションを取り、信頼関係を築いてプロジェクトを進めていくことが大事だと思っています。
ーー 今後の展望について教えていただけますか
牛房先生:現在、次世代を担う研究者が減っています。近年は人手不足であることから、学生は就職しやすいと思います。大学院に進学するより企業に就職することを選ぶ人が増えています。また、少子高齢化の影響で、研究者、教員のポストを削減する大学も増えてきています。そのため、若い世代にとって、大学院に進学することは、経済的な面での不安があると思います。大学院進学しても経済面が保障され、研究に集中できるような環境を作ることができればと思います。また、私自身、セミナー、出張講義などで中高生に話す機会がありますので、研究の面白さやカーボンニュートラルが実現する2050年頃は皆さんが活躍していることを期待していますと伝え、若い世代に関心を持ってもらえるよう心がけています。さらに、私自身は建築学、制御工学、情報科学などのいろいろな分野の先生と一緒に研究していますので、多くの視点から物事を捉えることで新たな発見もあることを体験してほしいと思います。経済学だけではなかなか対応できない部分でも、別の学問領域の先生と意見交換することでうまくいく場合があります。
ーー 最後に読者の方に向けてメッセージをお願いできますか?
牛房先生:環境問題は世界的に誰もが関心を持ち、取り組まないといけない問題です。一方で、「地球温暖化防止のためCO2削減に取り組んではいるが、自分の住んでいる地域にどんな恩恵が得られるのか?」と疑問に思う人たちもいます。温暖化に取り組んだとしても、必ずしも直接恩恵を受けられるとは限りません。しかし、少しでもCO2削減の努力をしていくと、どこかの地域が気候変動による被害、リスクを回避できる可能性があります。直接自分たちには見返りがないかもしれませんが、私たち一人一人が環境を意識した取り組みをすることで社会、環境をよくすることに貢献しています。小さな取り組みでもいいので、皆さんと一緒に持続可能な社会を実現するために頑張っていきたいと思います。
牛房 義明先生のご紹介リンク:
ー researchmap:牛房 義明(Yoshiaki Ushifusa) – マイポータル